文藝春秋主催の恒例となっている
「文士劇」がある。
小林秀雄が「父帰る」に主演し、
三島由紀夫が「弁天小僧」に、
石原慎太郎が「坂本龍馬」に
なったりする。
ただし、この芝居はあんまり
上手いと面白くなく、下手な
ところがお愛嬌で、せりふを
忘れて立ち往生したりすると
大うけする。
というわけである。
舟橋聖一は決まって立女形で、
楽屋には名前を染め抜いた暖簾を
かけ、座布団やら茶道具やら、
鏡台や机も立派なものを持ち込む。
本人は全身、歌右衛門のつもりで、
廊下を歩く足つきもすっかり女形
風である。
舟橋聖一 画:横尾忠則
芝居の間、トイレも女用を使うの
だと、もっぱらの噂だったらしい。
瀬戸内寂聴「奇縁まんだら」より
著:瀬戸内寂聴
画:横尾忠則
発行:日本経済新聞出版社