二回目の流産は

息子の出産のお陰か

術前の処置がさほど痛くなく、

っていっても鈍痛はかなりあったけど…

時間が経つのをただただ願った。

手術日は最後の診察から一週間後。

その日、前回のは誤診って言われるんじゃないかって

あわーいあわーい期待を抱いたが

そんなことはなく

先生からの

やはり…の言葉があった。

なんだか全てがむなしくなって

自分が息をしていること、お腹がすくこと

そして眠ってしまうこと

全てが私を無にした。

本当に私は情けなくなった。

父ちゃん、息子に申し訳なかった。

手術後、すぐに覚醒した私は、歩けるか、

食事がとれるかのチェックを受け、退院。

というか、日帰り。

病院を出るとき、まさかまさかのママ友に遭遇。

また次頑張って

の言葉に力なく笑い、病院を後にした。

頑張ってるんだけどなぁ。私。

今日は乙女がドキドキ

なぜかモテない人までドキドキ

そして、チョコめがけてにこたまげがダイブ

をきめる日

そう、国生さゆりも一年中で一番忙しい

バレンタインデー。

しかーし

にこたまげ家は家庭内大戦争のため

息子に芋入りパンケーキを焼いた以外は

至って普通の日でした得意げ

とは言うものの

チョコ大好きにこたまげは

仕事に早めにきりをつけて

芋入りパンケーキを食べて

大あくびの息子と近所のショッピングモールへラブラブ

たくさんの売り切れマークの中、目当てのパティスリーの

生チョコロールを3割り引きでget(*^^*)

小躍りする母ちゃんを息子が

菩薩のようにあたたかさの中に冷静を宿した目で

見ていた…

今夜はきっと幸せほくほくな

カップルがたくさんいるんだろうなぁ。

私は完全にぶくぶくなアラサー野郎だ。
2人目が欲しいと思い始めたのは息子が

一人で歩けるようになった一年前。

おっぱい大好きな息子の卒乳を考えてはいなかったけど

授乳してても生理もきたし、おっぱいをみてもらっていた

助産師さんいわく

卒乳と次の子の妊娠は別問題

らしく、にこたまげ家も本格的に2人目論争をしました。

で、基礎体温をはかりはじめて3周期目のこと

なんとなーく、いつもと違う足のつけね痛もあり、

期待してフライング。

みるみる陽性に。

やっぱり!

って思ったあの日。

数週間後にお別れをするとは知らなかったあの日

にこたまげは喜びの小躍りをしました(*^^*)

そして大切に慈しもうとした矢先、つわりが始まりました。

そして7週に入り、心拍確認後、

トイレで悲鳴をあげました。

明らかな鮮血。よくみなさんのブログでみる茶おりではなく

鮮血。こわくてこわくて息子を抱っこしタクシーで

通っていた産院へ。

そして先生からの

切迫流産の宣告。

心拍が弱い…

またこのフレーズ。フラッシュバックのようになり

診察室で散々泣きました。

それからはほぼ寝たきりの安静状態。

息子の世話の自信もなく

保育園へ預けることに。

それでも9週に入った矢先に、

大量の出血。

諦めたくない気持ちとは裏腹に、

頭は非常に冷静だったあの日。

心拍は確認できなくなっていて、

先生も今回は…

って。

心のなかで、

今回も だよ

と思っていた。

自分は子どもを育てることのできない体

と言われた気がして本当に辛かった。

そして赤ちゃんに申し訳なかった。

父ちゃんにも泣きながら電話(留守電)をした。

その後の流れはまた今度。
お空には以前書いた天使ちゃん以外に

もう一人天使ちゃんがいる。

この子は本当に不思議な子でした。

結果的には9週という初期での流産でしたが

息子は小さい体で何かを感じたらしく、

何も知らないはずなのに、私のお腹をなでてくれていました。

それ以外にも、心拍が見えなくなったであろう、その日に

どうも息子にお別れをしてくれたらしく

息子は、病院に行く車の中でずっと

誰にでもなくバイバイと手をふっていました。

もし、産むことができていたならきっと仲良し兄弟だったんだろうなぁ。

2人目の天使ちゃんの経緯はまた今度書きます。
マラソン選手になりたい

小学校の卒業文集に書いた私の将来の夢。

今じゃ、スイーツマラソンのスイーツにしか興味が

わかない。

もちろん、エントリーもしないドクロ

走れない。走れるのは寒い日の車までの移動ぐらい。

それでも父ちゃんは私の姿にマラソン選手を思い浮かべるらしい。

宗兄弟を。

ちなみにただ今、にこたまげ、おかっぱに眼鏡な日常。

おかっぱ故に

走ると七三のヘアスタイル。

父ちゃんの言わんとすること分からんでもない…が!!

小学校卒業時に将来の夢で

ご飯を三杯食べれるようになりたい

と謎の大食漢宣言した奴に言われたくない。

なんて思った平和な土曜日の午後でした。

先日、朝から病院デー

息子を保育園に預け急いで電車にのり

病院へ病院

息子のときと同じ病院へ行きたかったが、なかなか

保育園との導線が悪く断念。

ということで電車にのり初通院。

電話から初診まで1ヶ月位なのでタイミングが良かったみたい。

まずは一通りの検査が必要なことを聞き改めて

いよいよと気持ちを整えた。

内診では筋腫の大きさが大きいと言われ焦ったけど、

基本的に、想定の範囲内。

持病の甲状腺の状態も落ち着いている旨を話し、

今後のスケジュールを聞き、

夫婦での、今後の流れの希望を話すと

なぜか医師に半笑いされ、終了

医師はそんな悠長なこと言ってどうするの?的な感じ。

そんなこんなで初日は終了ー

父ちゃんの年齢と職種的に、医師はペースアップを望んでいるようだ。

うーん。どうなるにこたまげ家。
今日は仕事の後にスーパーへ

ママ友と会ったら

2人目は?

といきなりカウンターパーンチ☆

ママ友自身ただ今妊娠5ヶ月らしい。

こうゆうとき、何て言っても皮肉チックになるから

最近は

いーなーーーと思いっきり

言うことにしている。

一人目のべびまちのときに比べて

オブラートに包まれず、こんな感じに

言われる事が多いから…

みなさんはどうやってかわしているのかしらー得意げ
最近息子はよく喋るようになったドキドキ

2歳になったばかりなので、語彙数は少ないけど

着実に成長している気がする。

そんな中、うちの義母は孫比べをする。

お姉ちゃんの子はもっと喋る

にこたまげの息子は喋らないから心配だ…

なとなど。

本当に暇なひとだわー。

私は、自分の前の仕事の関係上、たくさんの子ども達を見てきたが

それぞれ個性もあるし、ちゃんと親子の関係性ができていれば

この時期は問題ないと思う。

上記のことを言っても義母は孫比べをやめない。

そんな義母はある市で保健師をやっている。

よそのお母さん達の気分を害したり、不安を煽ってないといいなぁ…(-_-;)

まだ見ぬ、にこたまげ家の第2子、

母ちゃんは全力であなたを愛するから

お腹においでーキスマーク
一人目の赤ちゃんは、出産後、検査したものの

これといった原因は見当たらなかった…

当時の自分の心の状況は前回の記事にも書いたように

ぐちゃぐちゃだった。

出産後、職場の人のエコー写真を見せられときには

さすがにしんどくて総務のお母さん的な方に泣きついた。

本当ならめでたいことなのに、こんなどす黒い気持ちがむくむく

出てきて、そんな自分に嫌気がさした。

体調はと言うと、

なかなか生理も来なくて、無排卵(排卵検査薬で反応が出ない)

状態が続いた。

結局、ホルモン注射などで人工的に生理を起こす日々。

なんで私だけってどうしても思ってしまって泣く日々が続いた。

そこで、病院をさぼり、仕事のリフレッシュ休暇をとった運命の月があった。

昼間から友達とビールを飲み、愚痴を言い合った。

お空の赤ちゃんが見ていたら恥ずかしいぐらい。

でも、心の状況はそれで大きく変わって、無理もやめた。

それが私には何よりも効いた治療だったのだろう。

さてさて、こんな感じにいきなり過去のダーク三連投でしたが

次回は少し、今のことを書こうかなにひひ
一人目の赤ちゃんをお空に返したあの日のことは

思い出せないことが多い。

色々な人のブログを見て自分の今後の流れを学んだし

本当はそうゆう役に立つ形で書き記すべきなのかもしれないけど

私にはできない。きっとこれからも前回の続きの流れは書けないだろう。

ただ気持ちについては書きます。

出産は本とにパワーが必要だった。

赤ちゃんの泣き声が聞こえる病院はすごく居心地悪く辛かった。

お腹の微かなふくらみがなくなったことを指先で知り、また落ち込んだ。

安定期に入ってもつわりがあったのに、出産後は当然のごとく

なくなりまた虚しさパラダイス。

退院後、1ヶ月家で療養し、職場復帰。

周りの心配を吹き飛ばすようにさらに仕事に打ち込んでる

ふりをした。

私は平気って感じで冗談も今まで以上に言っていた気がする。

でも家に帰るとその反動で、やさぐれていた。

父ちゃんにあたりちらす自分にも嫌気がさし

精神的にひきこもりをしていた気がする…