町田市立国際版画美術館で開催中の『自然という書物 15~19世紀のナチュラルヒストリー&アート』展で展示されていたヒエロニムス・ボックについて、展覧会からちょっと離れて『西洋本草書の世界』(大槻真一郎、澤元亙編、八坂書房、2021)にそって見てみる。この本は出版されて早々購入したのだが、あまり見ておらず、やっと出番が来た感。この本の中でも第Ⅴ章「ルネサンスと本草―H.ボックの本草書を読む」は全体の255ページのうち100ぺ―ジ強

を占める。なぜ筆者の大槻氏がボックに興味を抱いたかについては,解説に編集者の澤元氏が書いている。それはボックが「特徴表示説」と「類似療法」を唱えていたから。それは「植物をはじめとする自然物の効能はその形態・色などの外的特徴にあらわれている」、「似たものは似たものによって癒される」(p254)というもの。このテーマが筆者晩年の大きなテーマの一つであったという。

 まずボダイジュ(セイヨウシナノキ)

Lindenbaum Date    1556

大槻氏の著作では、まずシューベルトの『冬の旅』からの引用。それは「泉に沿いて茂る菩提樹、慕い行きてはうまし夢みつ、幹には彫りぬゆかし言葉……」という日本語訳のものだが、原語を以下に示す。作詞はウィルヘルム・ミュラー。幹に愛の言葉を彫りこんだ若者。楽しい時も苦しい時もそのことを思い出す。フランツ・シューべルトの歌曲集『冬の旅』の第5曲目。

Der Lindenbaum
Am Brunnen vor dem Thore
Da steht ein Lindenbaum:
Ich träumt' in seinem Schatten
So manchen süßen Traum.

Ich schnitt in seine Rinde
So manches liebe Wort;
Es zog in Freud und Leide
Zu ihm mich immer fort.

 

この木の下に集まり歌い踊りおしゃべりしたり、愛の言葉を交わしたり。

葉のかたちが心臓型で、木の姿が美しく優美、花の香りも良く甘い蜜をだし、中世~古代にドイツでは特に愛された。古代ローマでも美と愛の女神ヴィーナスの木として、ギリシアでも夫婦愛の象徴的な神話も創り出された。薬効として「樹齢千年もの古木があり、長寿のシンボルとして、この木の葉っぱ・花・密などは民間療法にもよく用いられ、鎮静・鎮痙・発刊・駆風などの効能に優れていた」(p144)という。

 

さて、ここからは大槻氏の著作には書いていないが、このリンデンバウムは、ティルマン・リーメンシュナイダーら南ドイツの彫刻家たちが彫刻によく使ったLimewoodのことだと思う。それを確かめようと、バクサンドールの『The Limewood Sculptors of Renaissance Germany 』を見ると,このヒエロニムス・ボックのまさにこの図版が引用されていた。(ボックの図版は確かにこの本で見たはずだがすっかり忘れていた。記憶が当てにならない…)

 

 バクサンドールによれば、  Kreuterbuch の Hieronymus Bock (図 10) などの南ドイツの植物学者は、彫刻にライムウッドを使用することに注意を払ったという。 南部の彫刻家は、この栽培化されたライムウッドを手に入れることができた。 一方、北部の彫刻家は、南部の彫刻家とは異なり、ハンザが海路で輸入した安価で優れた東バルト海の木材を利用できた。 これにはオークが含まれていたが、ライムウッドは含まれていなかった。とはいえライムウッドが安価だったわけではなく、比較的効果で人気がある素材だった。ドイツでは、他の木と同様に、ライムは魔法的および宗教的な関心の対象だった。 ヒエロニムス・ボックが言ったように、ライムはその下で踊る木であり尊重されるべきものだった。 (p29より 筆者概訳)※ここでは木の絵の部分だけの図版だが、元の頁にはテキストも多く書かれている。

 大槻氏の著作に彫刻のことが書かれていなかったのは、あまり彫刻素材としての木に興味がなかったためだろうか。

 さらにバクサンドールはデューラーの作品も掲載している。それは3本の木を描いた作品だが,画像が見つからないので、一本のリンデンバウムの作品をあげる。

German: Linde von der Nürnberger Burgbastei bei der Walburgis-Kapellefr=Un tilleul sur la saillie d’un bastion Date    circa 1494  ?

これを見ると,植物学的対象というよりも,堂々たるるその姿、まるで巨人のようだが、図鑑として見れば葉の形も、枝の形も分からないということになりそう。