サウルの改心について『Bruegel: The Master』 を見てみよう。

最初にこの場面がどんな場面を表わしているのかの概説がある。

 

 サウルはエルサレムでキリスト教徒を迫害していて,ダマスカスに逃げたイエスの弟子たちを追求しエルサレムにつれ戻すつもりだったが、サウルがダマスカスの町に近づいた時に、超自然的な光線で盲目になった。彼は馬から地面に落ち,声を聞いた。「サウル、サウル、なぜあなたは私を迫害するのですか?」

 その場にいたほとんどの人はその出来事に気付かずにいたが、サウルのごく近くにいた人々は驚き,恐怖,困惑する。周りの人々はグリザイユで描かれていて,パウルの姿とのコントラストが高められている。超自然的な光線の衝撃を伝えている。

 

この部分を拡大すると確かに色彩のコントラストで表現されている。それにしても小さすぎるけれど。

 
小さなスケールの人物と比較して圧倒的な印象を与えるのはやはり自然。奥の中東の都市はおそらくエルサレム。谷に開く左側の峡谷、右側の遠い谷に挟まれた事件の現場となる大地。
 さらに特定の歴史的な出来事を仄めかすことは無いが,ブリューゲルは当時の慣行として、彼自身の時代を描いた。
 
「シールド上のハプスブルクの双頭の鷲の描写」という一句があるが,そのシールドはどれなのだろうか。この赤い丸いものの上に描かれた半分隠された鷲だろうか。(絵が描かれた1567年のハプスブルク家スペインのアルバ公がブリュッセルに派遣された件との直接的な言及を確認することは不可能と書かれているが……)

ところで、この絵にはいくつかのコピーが存在する。そのうちの息子のピ-テル・ブリューゲル・ザ・ヤンガーの作品を見るとはっきりと双頭の鷲の紋章が描かれている。

The conversion of Saint Paul, Pieter Brueghel the younger, undated, oil on canvas - Villa Vauban - Luxembourg City

しかも、父ブリューゲルの作品の岩山の部分が途中できれているのに、こちらはきちんと空まで構図に入っている。板の配置を基礎に考えると,上から15センチ、側面から17センチが失われたようだとのこと。

 

つまりオリジナルのパネルは切断されていたのだ,またしても。この息子ピーテルのコピーを見ると,確かに岩山の上とその上の空を描いてあったと考える方が自然である。ということは,この『Bruegel: The Master』には書かれてはいないが,オリジナルにも,双頭の鷲の旗が描かれていたのだが,それが塗りつぶされたとか? と想像してしまう。息子が描いたコピーは父に比べるとかなり劣るが,構図自体はかなり忠実。見比べるのも面白い。ブリューゲル父の政治的発言は残っていないようだが,本当はどんな考えを持っていたのか,おぼろげながら絵から滲み出てくる気がする。キリスト教徒を迫害する軍隊の文字通りの旗頭なのだから。