ブリューゲルの《聖マルティンのワイン祭り》について
森洋子氏が芸術新潮に寄稿している文(『芸術新潮』2012年3,4月号)を読んでみた。
それによると、2009年11月にプラド美術館にサザビーを通じて、スペインの蒐集家の一族から作品調査と購入の打診もかねて布地がもたらされたとのこと。サイズは148×270.5,テンペラで麻布に描かれているというもの。私はブリューゲルがテンペラで描いた作品がある事も知らなかったのだが,同種のものが3点あるという。そのうち一番大きな《東方三博士の礼拝》でも大きさは横163cmで、大きさでも類がない。この作品はかなり保存状態が悪かったが、撮影されたX線写真を見て学芸員たちは「遠景にボートが浮かぶ風景描写を始め、確実で迅速な筆致による人物描写はブリューゲルならではのものと確信したという。」(芸術新潮、2012、3月号p80) 
さらに作品は修復され、ブリューゲルの真作かどうかについて専門家たちが議論と研究を重ねた。修復の最中2010年9月にスペインの文化大臣が『サイン。制作年代のあるブリュ―ゲルの大作を発見した』と発表した。結局スペイン政府とプラド美術館が700万ユーロ(当時の約7億9千万円)で購入した。
 来歴について。1608年にブリュッセルを訪れたマントヴァの領主ヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガが同地で購入したと推定。森氏は、ルーベンスが(息子のヤン・ブリューゲルと親しい)がこの作品の情報をマントヴァ公に伝えた可能性があるとしている。その後ゴンザーガ家を離れ、最終的にはスペインの大貴族メディナセリ公家となった。第9代がスペイン大使としてローマに赴任、ナポリ副王に就任した時(1696-1702)にこの作品を購入もしくは寄贈を受けた。遅くとも1702年にはスペイン本国に作品は贈られ第17代の没年(1956)までマドリード宮殿に保存されていた。
 ブリューゲルの《聖マルティンのワイン祭り》という作品の存在は以前から知られていた。いくつものコピーがあったからで、特にウィーンの美術史美術館の作品は,真筆と考える研究者もいたとのこと。今回の発見で、コピーであることが明らかになったが。
 さらに同じような構図で《ワイン》祭りを描いたピーテル・バルテンスの作品も紹介されていた。これを見ると、構図は同じようでもブリューゲルの独自性がはっきりとわかる。

Pieter Balten  (circa 1527 –1584)  The St Martin's Day Kermis between 1540 and 1598
Medium    oil on panel 110 cm× 148 cm Rijksmuseum 

多くの人々を描いているが、どこか静的な印象。背景も平凡。

このオリジナルは背景は損傷が激しく背景は判別し難いが,ブリュッセルのベルギー王立美術館に全コピーがあるので参考になる。

After ピーテル・ブリューゲル  (1526/1530–1569)  Le vin de la Saint-Martin
ベルギー王立美術館  

背景の細部を見てみる。

はるか遠くに光る海,海辺の町の細密な描写はブリューゲルならでは。

このコピーをだれが描いたかは、「ピーテル2世」という説もあるが、森氏は否定的である。

何故テンペラで描いたかなどの研究は今後継続しなければならないとのことで,私の最初に抱いた疑問は残るまま。それでも,ブリューゲルの新作が“発見”されたということは心躍る。今後もまだ発見の可能性があるということではないか。