年末,図書館へ予約していた本を取りに行くついでに,書棚を眺めていたら,『中世彩飾写本の世界』(内藤裕史著,美術出版社,2004年)が目に留まり借りることにした。2019年に上野の国立西洋美術館で「内藤コレクション展 ゴシック写本の小宇宙 文字に棲まう絵,言葉を超えてゆく絵」を見て,著者の名前は知っていた。

 内藤氏は本業は“中毒学”の著書を持つ学者/医師/大学教授(すでに退官されている)だが,数十年来一枚物の写本を蒐集してきた。2016年にコレクション約150点を西洋美術館に寄贈,そのコレクションの初めての展覧会が2019年10月に開催されたという次第。(※ 2020年には内藤コレクション展Ⅱ,Ⅲも開催) その時に撮った写真が以下。

 

 

 

この本が,思いのほか興味深く一晩で読了。初めに内藤氏がコレクションをはじめるきっかけが書かれている。それはパリの古本屋で手に取った中世の彩飾写本の一枚物。そのみごとさにうたれ5点ほど買ったのがはじまり。その後古本屋巡りで写本の一枚物探しがはじまり,時が経つにつれてロンドンの専門店やオークションを通じて入手するようになる。完本は高価なので(たとえば1988年丸善の「中世・ルネサンス写本芸術展」では15世紀の時禱書に一億円の定価がついていたという。現在名古屋の古川美術館所蔵の『ブシコー派の画家の時禱書』),もっぱら一枚物の蒐集。

 ところが例外もあり,ある日筆者はロンドンの古書店で素晴らしい完本を目にする。(※値段も氏の年収ほど。) 「金はいつかできる。しかし,この本をいま手に入れなければ永遠に手に入らない,悔いを千歳に残す,と思った。」(p40)氏は,その1420年頃の美しい時禱書の完本を購入する。

 大学の先生であり,普通の勤め人よりは収入は多いかもしれないが、富豪と言うほどでもないだろう内藤氏が,自分の目で良いと思ったものを購入してコレクションを形成していく。これぞコレクターの鑑? 

 近代の挿絵本を蒐集し展覧会まで開催するK氏,蒐集ばかりか博物図誌を上梓してしまうA氏などは桁外れな感じだが,彼らに比べれば内藤氏は本業ありつつ蒐集するという意味で,少しく親近感が持てると思った。

 しかしこの本を読み進めていくと,写本学の名高い専門家に会ったり,外国の図書館の貴重な写本の頁をめくらせるまでに進化していく。コレクターとは恐ろしい生き物……。そして,そのコレクションを美術館に寄贈したことにもきちんとした理由があるようだ。(この項続く)