北方近世美術叢書 Ⅵ 『天国と地獄、あるいは至福と奈落 ネーデルラント美術の光と闇』(2021,ありな書房) 
 第3章イメージの源泉と文学伝統 ―シモン・マルミオン『トゥヌグダルスの幻視』

2 『トゥヌグダルスの幻視』

現在はゲッティ美術館の所蔵,マーガレット・オブ・ヨークによる注文。全20点の挿絵。ダヴィッド・オベールの筆写。

 

この作品の1ヶ月前にマーガレットは『ギイ・ド・トルノの魂の幻視』を注文している。挿絵は1点のみ。友人たちの前に現れたギイの魂を描いた冒頭ページ。この本には挿絵の図像は載っていないが,挿絵を見てみよう。

Simon Marmion (Flemish, active 1450 - 1489) - A Monk and Guy's Widow Conversing with the Soul of Guy de Thurno 

この挿絵には、ギイの魂は形象化されていない。のこされた妻と司祭が手前で向かい合い,その奥の4人が死者との邂逅を見つめているという図だそうだ。現実世界で普通,魂の形は眼には見えないだろうだから,理にかなっているともいえるが,一見魂との邂逅は気付かない。真ん中の空いているスペースに魂がいるらしい。

 

例によって注文者について。マーガレット・オブ・ヨークはイギリス生まれ,ヨーク公リチャードとセシリー・ネヴィルの娘。イングランド王エドワード4世の妹,リチャード3世の姉。1468年ブルゴーニュ公シャルルと結婚。1477年に夫シャルルは戦死。事実上ブルゴーニュ公国は崩壊。

Margaret of York, Duchess of Burgundy, wife of en:Charles the Bold

ブリティッシュライブラリーにある写本,キリストの前に膝まづく女性がマーガレット。

Illuminated miniature of Margaret of York before the resurrected Christ, MS Add 7970, f. 1v

 

芸術家のパトロンとして知られていたマーガレット。イギリスから嫁ぎ,世紀の結婚と言われたそうな。それにしても欄外を埋め尽くす文様も含めて,この写本の美しいこと! 

作者は不明のようだが,犬,小鳥,鉢植えの花どれをとっても魅力的。