マールの『キリストの聖なる伴侶たち』に載っている聖ヤコブ。

聖ヤコブの家系をめぐって奇妙な言い伝えがあるという始まり。キリストの祖母聖アンナは三度結婚,一回目のヨアキムとの結婚から聖母マリアが生まれた。寡婦となった彼女はクレオパと結婚、マリア・クレオパを得た。再度夫を亡くして,サロメと結婚してマリア・サロメを産んだ。このマリア・サロメが結婚して聖大ヤコブと聖ヨハネが生まれたというもの。(※クレオパの子どもは小ヤコブ・シモン・タデウス・ヨセフと言う言い伝えもあるが,このアンナの三回の結婚自体否定されているようだ。) 

 ブリュッセルにあるクエンティン・マサイスの絵。マールいわく,「この家族とリンゴや花をもって遊ぶ幼い子どもたちをわたしたちにみせてくれる。これは新しい宗教のゆりかごなのである。そしていつの日かキリストの弟子となるこの子どもたちは,聖ヨハネだけを除いてみな,非業の死をとげることになり,ここにいる幼な子イエスもやがては十字架につけられることになるのかと,考えずにはいられない。」(p207)  ※ヨハネは使徒たちの中で唯一殉教しなかったとされている。

 

 マールが言っているのは,ブリュッセル王立美術館にある三連の祭壇画の中央パネル。著作にはこの祭壇画の画像は一切ないのだが,まず全体を見てみよう。

三連祭壇画の扉を閉じたところ。

St Anne Altarpiece (closed) クエンティン・マサイス  (1456/1466–1530)Quinten Massys
1507年と1508年の間  220 cm×92 cm  ベルギー王立美術館  

左側パネルは,アンナとヨアキムが若いころ,貧しい人々のために神殿に贈り物を贈ったところ,右側は年老いたヨアキムの贈り物を祭司が拒否しているところ。(アンナとヨアキムには長い間子どもができなかった。)

パネルを開いた図。

左側は,天使によるアンナ懐妊の啓示。

図①

この後ろの断崖に張り付く建物の描写,遠くに霞む山々,レオナルドの影響を受けたとされるようだが,並々ではない力量。マサイスの名前は知っていたが,いわゆる室内の風俗画ぐらいしか作品は見たことがなく,この風景は素晴らしいの一言。(※ さらに風景のあるマサイスの作品を探したら,やはりロンドンのナショナル・ギャラリーにあったので別項で)

 右側は子供や孫に取り囲まれたアンナの死。

図② まだ少年のキリストもいる。この場面も秀逸。

中央のパネル。

マリアとアンナが付き添うキリストが中央,アンナの子どもたちが両サイド,低い腰壁の後ろが夫たち。

中央部の詳細図。

図③ この中央の風景もすばらしいが,弓矢を射るのは何の象徴だったか?

 

その向かって右側の手前が,マリア・サロメと大ヤコブとヨハネ。そして,その真上が二人の父ゼベダイ。 右側がゼベダイ,父ここに登場!


図④ 

 

マリア・サロメと子どもたち,大ヤコブとヨハネ。

⑤ 

※図①~⑤  Quinten metsys, trittico della confraternita di sant'anna a lovanio, 1509, 04 giovanni photo by  Sailko CC 表示 3.0

 

ヤコブはまだあどけなく母を見つめている。一見,一族集結の楽しい平和な時と見えなくもないのだが,よく見ると団欒という雰囲気はあまりない。親たちはどこか心配そうで不穏な空気もあるし,こどもたちは将来の受難の象徴や,福音記者としての必要な紙など持っている。教会の祭壇画に,画家がかなり力を入れて制作した感じが伝わる。改めて、マサイスの力量を感じる。

 ところでマールはブリュッセルでこの実際にこの祭壇画を見たのではないかと言う気がする。全くの憶測なのだが,「ここにいる幼な子イエスもやがては十字架につけられることになるのかと,考えずにはいられない。」と言う書き方に,現場でみたという感じが伝わるのだが,如何? その感じは図版でみたたでけでは,はなかなか感じられないと思うのだ。