スヴェトラーナ・アルパ―ス著 「描写の芸術」(幸福輝訳,ありな書房1993年)
第3章 「誠実な手と誠実な眼をもって」ー表象の技

第4節 オランダの芸術家を職人の中で最高位に位置づけた社会的条件

 

ダウのこの作品は,彼にしては珍しく大きなサイズの作品である。大きな傘を広げ、人々に呼び掛けているいかさま師の背後にパレットをもつ画家としての自画像がある。

 

The Quack「いかさま師」 1652年 ヘラルト・ドウ  (1613–1675)
 112.4 cm×83.4 cm  ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館  

 

いかさま師の周りの人々は,諺や格言の絵画化であるらしい。例えば子供のお尻を拭いている母親は「人生は糞と悪臭ばかり」と言わんばかり。

 アルパースは「ここでは確かに道徳的問題が取り上げられているが,作品は描写的であり,けっして道徳の規範を呈示しようとするものではない。」「カンヴァスは世界の模型なのである。自分との関わりを否定するのではなく,ダウは,彼自身と彼が作り上げたものの中に入り込むことによって,ベラスケスが《ラス・メニーナス》で行った高尚な主張の庶民的かつ喜劇的なパロディとも言えるものをつくりあげたのである。」(p200)

 

《ラス・メニーナス》のパロディとは,大胆な言い方である。私が理解したことは,ダウは自分が描いたものがどんなに精緻であるとしても,カンヴァスの上の表象であり、絵の具で作られたものであるということをよく意識していたと思う。「すべては描かれた世界だ」ということを言っているような気がする。そのことを自負もし,また自嘲的でもある。