ブリュージュつながりで。
もう何年も前にブリュージュを訪れた時,目的はグルーニング美術館のファン・エイクの絵を見ることやメムリンク美術館を訪れること,そして中世の姿が残るという美しい街に滞在することだった,気がする。北方のヴェネツィアと呼ばれるブリュージュの町については,クノップフのドローイングが描かれたし,多くの文章も書かれてきた。それについてはまた別の機会に。

 ブリュージュの旧市街はさほど広くはないが,そこに巨大ともいえるほどのカテドラル,教会がいくつもある。その一つ聖母マリア教会になぜ立ち寄ったか,覚えがない。つい先日挙げたPieter Pourbus の別のバージョンの『最後の晩餐』がここにあったはずだが、なんの記憶もない。そもそも絵を見ようと思って入ったわけではなかった。グルーニング美術館でファン・エイクの素晴らしい『ファン・デル・パーレの聖母子』を見た後,歩いていて立派な教会だから,入ってみようと言ったことだったような気がする。そこで教会の中をふらふらすると,片隅に(まさにあまり気付かないような片隅だった)に聖母子像があった。何の気なしに見ると、なかなか良いものだった。若々しい聖母が座り,幼子(といっても立っているので幼児?)イエスが膝のあいだにいる。この聖母が素晴らしくついつい引き込まれるような作品。これは一体誰の作品かなとプレートを見ると,“ Michelangelo”! ミケランジェロって,あのミケランジェロ? 彼の作品がここブリュージュにあるとは知らなったので驚いた。同行の友人にミケランジェロの聖母子像があると伝えると,友人も驚いて見入っていたという記憶がある。
The Madonna and Kind in the church of bruges
 
この彫刻がなぜブリュージュにあるかについては,『ブリュージュ フランドルの輝ける宝石』(河原温著,中公新書,2006)より。
「ノートルダム教会の内陣はオーソドックスなつくりであるが,その南側の翼廊奥の祭壇の壁を飾る黒大理石の壁龕の中に安置されているのが,ミケランジェロ作の純白の《聖母子像》である。この聖母子像は,ミケランジェロがローマにおいて,著名な《ピエタ》を完成させた後ほどなくして彫られたもので,カラーラ産の大理石が用いられている。」
この作品は「本来シエナのカテドラルの祭壇に飾られるはずであったが,1506年にブリュージュの商人ヤン・ムスクロンがイタリアで購入して,ブリュージュへもたらした。そして都市ブリュージュにふさわしい作品としてノートルダム教会に寄進されたのである。」(p94)
 河原氏もこの作品について「聖母子ともやや下向きに視線を落としており,彼の初期のスタイル,すなわち静けさをたたえたほっそりとした高雅なマリアであり,幾度見ても見飽きることのない彫刻である。」と書いている。
 いい得て妙だと思う。まさに「見ても見飽きない」聖母子像である。力みなぎるダヴィデや,怒れるモーゼも素晴らしいけれど,それは心が元気な時に。今はこの寡黙なマリアに惹かれる。

 

 

確か、イタリアの外にある唯一のミケランジェロの彫刻作品だったような。

2014年に『ミケランジェロ・プロジェクト』という題で日本でも映画が公開された。ジョージ・クルーニーやマット・デイモン,ケイト・ブランシェットらが出演するアメリカ映画。第二次世界大戦末期に,各国の芸術品をナチスが奪ったり,あるいは敵に奪われるぐらいなら入手した美術品を破壊しようとした。そんな芸術品を救おうとするThe Monuments Men の活躍を描いた。ここでかなり話の中心にこのブリュージュの《聖母子》が出てきた。地元の人々がこの彫刻をまもろうと苦心する話も。まあまあ面白いので,暇と興味がある方はどうぞ。※下世話な話だが,いくらぐらいだったのだろう,当時のミケランジェロの作品。