ヴァールブルクの『ムネモシュネ・アトラス』(ありな書房)を読んでいる。700ページを超す大部の書。これはアビ・ヴァールブルクが遺した図像パネル集である。そのパネル49,50-51はマンテーニャの作品で占められている。ギルランダイオやボッティチェリについても多くの画像があるがパネル一面一人の画家と言うのはなかったような。単純にマンテーニャが好きだったのだろうと思う。この図像集に文章が付けられたわけではないので,この日本で出版された本の解説によると,【抑制された勝者の情念】【「隠喩のようなもの」としてのグリザイユ】というタイトル。(本人のものではないが)

この1-1が素晴らしい。

カエサルの凱旋の1『旗手たち』 ハンプトンコート宮殿 ロイヤルコレクション

266cm×278cm キャンバスにテンペラ 1484-92の間

これを見ると,高くラッパを掲げて吹き鳴らすローマの旗手たちの高揚感が伝わってくる,そしてまた青に緋色に黄色に青緑色に旗手たちのたなびくマント,衣装の色,そして空に高く掲げる朱色の棒の色合いがなんとも素晴らしい効果を生んでいる傑作。

この銅版画が隣りに位置する1ー2。解説では「マンテーニャの連作からは登場人物たちの高揚感は見いだせても,バッコスの信者であるマイナスたちが発するような陶酔感は得られない」とする。(p406)

 このマイナスの画像は本当に何度も出てくる。マイナスとは,ギリシア神話のワインと酩酊の神デュオニソス(ローマ神話ではバッカス)の女性信奉者でわめきたてるものを語源とし,凶暴で理性を失った女性として知られるという。吟遊詩人オルペウス(オルフェウス)は妻エウリュディケーを失った後,すべての女性を厭うようになりマイナスの愛を受け入れなかったために八つ裂きにされたという。

パネル41でバルダッサーレ・ペルッツィ作のローマにあるファルネジーナ,フリーズの間のフレスコ画を挙げている。3人のマイナスが、オルペウスを取り囲んで棍棒を振り上げているなかなかに恐ろしい絵である。

la  mort d'Orphée dans la salle de la frise (Villa Farnesina, Rome

 photo by  Jean-Pierre Dalbéra from Paris, France

 

 このように,狂乱するマイナスと比較して,マンテーニャの古代の受容は「高揚感」はあるが「陶酔」はしていないというのである。凱旋行列を「安定したリズムで躍動する人物たち」と評する。もう一つ,マンテーニャのグリザイユが挙げられる。

《キュヴェレ信仰のローマ伝来》ロンドンのナショナルギャラリー所蔵

 

この絵は一見激しい身振りを表しているように思えるが,これをも「厳粛な行進」と言っている。それは「グリザイユ」によるモノクローム表現を用いているから。マンテーニャは古代のモチーフを用いながらも,一定の距離を取っている。(ヴァールブルク著作集からの引用)

 ヴァールブルクの見た図像の数は、いったいどれほどなのだろうか? 数多くの同じような絵を見て,そこにある些細な違いを見出して論を展開していくのが凄いと思う。なぜ自分がマンテーニャに惹かれるのか,実はよくわかっていなかったのだが,「英雄的で演劇的なパトス(高揚感)」と言う言葉を与えられると,くやしいけれどもピタリとあてはまるような気がしてしまう。