ベルギーのヘント(ゲント)にあるファン・エイク兄弟の祭壇画についてNHKの日曜美術館で特集していた。

 この祭壇画は,世界でも最も重要な芸術の一つと言っても過言ではないだろう。だいぶ前にベルギーで見たとき,まさに打ちのめされた。その感動は数多くの絵画や彫刻を見た今でも忘れない,文句なしに最高の絵画であると思っている。

 時の権力所の所有欲もそそったのか,ナポレオンやヒトラーなどが我がものとしようと持ち去ったり,隠したりした。ヒトラーはノイシュヴァンシュタイン城に置き,戦況が悪化すると岩塩抗に隠した。大戦後アメリカ軍によって発見されベルギーに返還された。

 ところで祭壇画は数百年にわたって修復が繰り返され,現在ではオリジナルからかなり変更されていることが分かった。それを除去する修復が2012年から今でもまだ続けられている。その過程で,新たな発見があったというのが冒頭のTVの内容である。簡単に言うと,神秘の子羊の顔が変わっていた。背景の建物が塗りつぶされていたというのも指摘されていた。

左が修復前,右が修復後のオリジナルに近いもの。番組では小池寿子さんが「百年の恋も冷めた」というようながっかりしたという意味のことを発言されていた。修復前の方が羊らしいと言えばそうだが。長年見慣れてきた絵と違うものをこれがオリジナルですよと言われても,直ぐには受け入れがたい気持ちも分かる。モナリザもそうであるように。私自身はあまりそういう思い入れはないが。

 この祭壇画は12枚のパネルで構成され,表裏とも絵が描かれている。

これが開いた時の中央パネルの部分で,祭壇にささげられた子羊からこの祭壇画は「神秘の子羊」とも呼ばれている。この背景の空気感も素晴らしい。

 どのパネルも素晴らしいのだが,閉じたときの受胎告知の大天使ガブリエルの画像を上げておこう。

天使は性別はないと思うが,気品ある女性の姿。百合を持っている。

ガブリエルの隣のパネル。窓からの眺め。街路を歩く人まで描かれている。

 細密な描写は,装飾写本の仕事を手掛けていたからと言うような解説もあった。しかしファンエイクの観察する目とそれを表現する手,両方兼ね備え実現できた人なのだ。いかにしてそれが可能だったか。絵画修復家の森直義さんが,ファン・エイクは油絵の創始者ではなくこれが一つの「到達点」なのだという趣旨のことを話されていてなるほどと思う。それまでの歴史もあってのファン・エイクだし,その上で傑出した個人があったわけだ。

 

 一方,コレクターの方で言うと,ゲーリンクも敗走する時ポーランドの狩猟館を焼き尽くしたわけだが,この祭壇画もヒトラーの欲望の対象となり,それがかなわなくなった時おなじく,破壊の命令を出した。芸術品もろとも塩抗を爆破しようとしたが,祭壇画は守られたという。本当によかったと思うが,人間は限りなく愚かにもなれる生き物なのだ。