アビ・ヴァールブルク著作集3「フィレンツェ文化とフランドル文化の交流』を読む(ありな書房,2005年)。ただし原著は100年以上前に書かれている。その第4章ウフィツィ美術館のロヒールの《キリスト埋葬》を読んでいたら,ふと引っかかることがあった。まず冒頭に「ウフィツィ美術館に所蔵されているロヒール・ファン・デル・ウェイデンの《キリスト埋葬》は若い時のミケランジェロの心に強い印象を与えたと言ってもおかしくはない作品である。」とある。そしてこういう一節もあった。「発表者(ヴァールブルク)は,‥イタリアの画像の流通領域に北方的な要素が引き続き介入していたことを示す例を指摘したい。これもまた『ピエタ』の場面であり,かつてミケランジェロによるものとされ,現在はセバスティアーノ・デル・ピオンボ作とされている,ウォリックコレクションの有名な素描である。この素描はドイツのE・Sの版画家による《ピエタ》への明確な追想関係を感じさせる。明確な北方的相貌を持つこれらの作品は,イタリアの古典的作家達が青年時代に受けた印象の中で,決して二義的ではない重要な要素を形成している。」(p98から102)

まず最初のロヒールの作品だが

《キリストの埋葬》

1450 110×96 ウフィツィ美術館

これは有名な作品でたぶん実際に見たことがある。

 

 そして久々にセバスティアーノの名前が出てきたがこの素描は見たことがない。カタログやインターネットで見つからないので,ミケランジェロで検索すると,大英博物館に所蔵されていた。ただし,作者名はミケランジェロ?となっている。 それが下の画像である。

The Lamentation over the Dead Christ ミケランジェロ?

© The Trustees of the British Museum

 制作年もはっきりしていないが,優れた素描であることは疑いない。仮にこれをセバスティアーノの作だとすると,彼は非常に優れた素描の技術を持っていたことになる。

 ミケランジェロということになると,いつごろ描かれたのかが気になる。なぜなら,この素描はヴァチカンの有名なピエタのにイエスの身体に極めてよく似ている。右手をだらりと垂らした感じだとか,顎を上げた顔のあたりとか。またキリストとマリアの離れた顔のそれぞれの沈痛さ,背後に蠢く人物達の異様な迫力に驚く

ヴァールブルクの論ではこの素描はドイツのE.Sの版画家による《ピエタ》に明確に関係づけられると言う。

 

E.Sの版画家による《ピエタ》

パリ 国立図書館版画資料室

 

ミケランジェロは,誰かに学んだとか影響を受けたなどと言いたがらなかったらしいので,本当のところはわからないのではないかとも思うが,このように図版で示されるとそうかなという気にもなる。いつも思うのだが,この絵はこれこれの図版に影響をうけているといって提示されるものは大体がつまらない,と言って悪ければ簡素な図の事が多い。創造の秘密はその先にあるのだろう。天才の着想が,誰からの影響もなく天から降りてきたなどとは信じられないが,その先にどうやって辿り着いたのかに興味がある。ヴァールブルクの書き方はとても禁欲的な感じだが,サイモン・シャーマは饒舌すぎる‥。

 

 どうもセバスティアーノの素描ではないらしいが,疑問符が付いているのでミケランジェロとも確定しがたいということか。ヴァールブルクの著作からはちょっとずれてしまうが,セバスティアーノの素描も素晴らしいと思うので,別の機会にまた書きたいと思う。