もうすぐ中国の七夕になりますから、

最近、このブログでもっと多くの中国の伝統的なものを皆にご紹介いたしたいと思います。





まずは漢服

前は紹介したことがありますけど、あまり詳しくないと思いますが、

今度、もっと系統的に説明するつもりです。(^.^)


歴史についての文章だから、つまらなくて難しいと思って、皆中国の歴史がよく知ってる人がやっぱり少ないから、

または私の日本語レベルが限っているから、文章は分りにくいならごめんね…(^.^)



ハートそれから漢服の滅亡を少し説明します。



漢服って中国の漢民族の伝統衣装ですが、

残念ながら、その伝承は清王朝に入って、だんだん中断されました。

その時、満洲族に統治されていた清王朝は自分の統治を固めるために、漢族人に剃发易服」っていう制度を強制しました。




剃发って「髪を剃る」という意味で、漢民族の男子の髪型って、清王朝まではまだ「束发」でしたが


陌上花開緩緩歸






(これは「束发」です。長い髪をすべてアップして、かんざしなどを使って固定します。)





でも、当時の満族人は全てそういう髪型だからこれ





陌上花開緩緩歸


(図の左は清王朝の満族人の髪型の変革。右は清の前の漢民族の一つの王朝---明王朝の髪型と衣装.)


清王朝に入って、満州族の皇帝は漢族人の思想を控えて、または統治を固めるために、「漢族の男はそんな髪型に剃らないと殺します」という制度を実行しました。

でも、そういう制度が厳しいなんですけど、絶対髪を剃りたくない人が随分沢山いました。漢族人はずっと昔からの「身体发肤受之父母」っていう観念が深まっているから。



ほかは「易服」。

あぁ、文がもう随分長くなっていましたが。あせるその部分の説明は今度にします。(^.^)