何故私がブログをと思ってます
ブログなんて一生書かないと思ってました。
本当に分からないものですね。
Q.何故書くのですか?
何故って?
それは‥‥
心房細動に苦しめられている人がいて、
少しでも私の経験から励みにしてもらいたいから。カテーテルアブレーションをする前に怖い方、不安な方の為に書こうと思いました
すぐ死に直結しそうなこの違和感がたまらなく、救急を5度呼び、日本国民の税金を使わせて頂いたので少しでも役に立ちたいと思い始めました。
私が最初に救急車で運ばれたのは2013年1月札幌の寒い冬でした。
会社の仕事で出張にきまして、かなり疲れていたのでホテルで睡眠をとってました。
真夜中に目が覚め、喉が渇いたので自販機で水を購入。
部屋に戻り500mlを一気飲み!
「水は冷えているのが一番!美味しい!!さぁて寝‥‥ん?‥あれ?」
と心臓の動きがやけに気になりました。
「何だ??気にしなければ寝れそうな気がするけど、嫌な予感がするからスーツを着よう」
と思いスーツに着替えた瞬間に胸が徐々に苦しくなり脈が早く不規則に!!
脈を測っても平均180回くらいの心拍数でした。
心拍数180回がどんな感じなのか
分からない方へ
中学校の時の部活動で、バスケ部が体育館で皆んなダムダムしてましたよね?
あれです!あれが一個人の胸、心臓という体育館でダムダムされている感じです!!
お話を戻します。
これはまずい!と立ち上がりエレベーターでフロントまで行こうと思ったのですが心臓が苦しくて行けそうに無いかも。と心が折れそうに。
ここで折れたら多分死ぬ!
と奮起して足を前に出せば進めると、
苦しいながらに前へ前へ、一歩一歩進んで行きました。
でも苦しいんだ!これが!!
生きなければ!
一階のフロントまで行かなければ!
まずエレベーターまで‥‥!
遠い‥‥
行けるか‥‥‥
意外にいけました
エレベーター内でも苦しい状態が続き意識が無くなりそう‥‥‥
行けるか‥‥‥
‥‥‥
いけました
フロントについて救急車を呼んで病院へ。
救急車内で呼吸をするのも苦しく、酸素マスクをつけてもらってるまでは覚えてます。
あ、あと真冬の札幌なので救急車がバインバインとバウンドしていたのを覚えてます(笑)
病院についてまず言われたのは、
「先生が今起きて向かってるので、大体20分待って」
‥‥‥!
20分!!
長い!!
でも、待ちましたよ。
20分。
30分。
1時間。。
1時間20分。。。
あのぅ、先生まだ?
結局来たのは1時間40後でした
先生が来た瞬間に、
「これは電気ショック必要だから急いで!眠り薬使うからね。」
そこから、徐々に視覚がドロップアウト。
‥‥目が覚めたらいつもの心臓の動きになってました。
診断名はWPW症候群でした。
それよりも、何で先生遅かったの??
先生も札幌の真冬の道路でバインバインしてたみたいです。
札幌の真冬の道路って見たときありますか?
普通の道路の上に氷が45cm位(ごめんなさい。目算値です)あってその上を走るんですよ?
スケートリンクのようなものならいいけど、凸凹の氷なので皆んなバインバインです。
大きな道路ならまだ良いのですが。。。
その日の朝には病院をあとにしました。
結構重症だったはずなんだけども、その日に帰宅ってありなの!?
と思いながらタクシーでバインバインいいながらホテルに戻りました。
お仕事はもちろん出来ず(採用担当でした。学生さんに会社のお話をしてました)
その2日後には飛行機で家に帰りました。
家は福島の郡山だったので郡山の⭐️総合病院を紹介してもらいました。
ここから私と心臓の戦いが幕を開けたのです。
続く