麻生グループ、驚きの実像…総売上高は1380億円
麻生太郎首相(68)が誕生し、改めて脚光を浴びているのが実家の麻生グループ企業だ。麻生氏自身も1973年から6年間、麻生コンクリートの社長を務めていたことがある。株式市場では9月に入り、ジャスダック上場のグループの建設会社、麻生フオームクリートの株価が反応する場面もあった。首相就任で注目される麻生グループの実像とは-。
福岡県の中部に位置する飯塚市。町を歩くと、病院や専門学校、セメント会社から、ガソリンスタンド、食品スーパー、ゴルフ場にいたるまで、いたるところに「麻生」の名の付いた看板が目に飛び込んでくる。そして麻生本家は広大な敷地に建つ大邸宅だ。同市は“麻生藩の城下町”のおもむきが漂う。
株式会社「麻生」を中核とする麻生グループ企業は64社。グループ総売上高は1380億円、グループ社員数は6250人(2008年3月期、ホームページより)となっている。
グループの代表は麻生泰氏(61)。麻生首相の実弟だ。1969年に慶応大法学部を卒業後、英オックスフォード大ニューカレッジに留学。帰国後、専門商社勤務をへて、77年に麻生セメントに入社、79年同社社長に就任した。以来、グループを率いている。
麻生グループは、05年に新たなグループ経営体制をスタートさせた。セメント事業のほかに、医療・健康のメディカル事業、教育・人材のプロフェッショナル事業、不動産・建設のファシリティ事業に再編。株式会社「麻生」がグループを束ねる。
地元の財界関係者は、これを「麻生の第3の創業」とみる。
「石炭が“黒いダイヤ”といわれた時代、麻生グループは莫大な富を得た。それは、(麻生首相の母方の祖父である)吉田茂・元首相の政治資金を一手にまかなうほどの財力があった。石炭から石油へのエネルギー転換が進み、石炭成金があらかた没落するなか、麻生グループはセメントに転進した。これが第2の創業です。しかし、いまやセメントは斜陽産業。セメントに代わる事業の柱に据えたのが医療と健康で、第3の創業といえる」
医療と健康に軸足を移したのは05年のこと。
「グループ代表の麻生泰さんが医療に目を向けたのは、赤字続きだったグループの『飯塚病院』を再建させた自信から。赤字を垂れ流してきた公立病院を引き受けて2年で黒字転換させるなど、医療コンサルタントとしても活躍している」(地元の財界関係者)
【コムスン受け皿にも】
現在は5病院を経営しているほか、グッドウィルグループの介護事業の撤退に伴い、コムスンの福岡県内の在宅系サービスを「麻生メディカルサービス」が引き受けた。