「ウェルカムエイジング」と言える人生に必要なこととは

悪徳 栄
2019/08/11 20:59

「ウェルカムエイジング」と言える人生に必要なこととは

NEWSポストセブン
2019/08/11 16:00

「ダイアログ・ウィズ・タイム」参加者たちがくぐる「時のトンネル」

 老後を不安にさせる指摘が相次ぐ。確かに備えは必要だろう。もちろん、物心両面においてである。コラムニストのオバタカズユキ氏が自ら体験したイベントについてレポートする。

 * * *

 あなたは何歳?

 何歳に見られたい?

 何歳になると高齢になる?

 あなたは高齢になることを恐れてる?

 人は何歳になっても成長できると思う?

 たとえば、上記の質問を立て続けに投げかけられたら、どう答えることができるだろう。現在アラフィフの私は、人から年相応に見られればいいか、ぐらいに思っている。が、そのくせ高齢になって心身ともにいろいろ不自由が増えることをおそらく恐れている。定年のない自営業者ということもあり、何歳になっても成長したいのだが、実際にそううまくいくものだろうか。未来に対する不安感をつねに抱き、なのにふだんは蓋を閉めてそれを直視しないようにしている、気がする。

 先日、東京の新宿で催された「ダイアログ・ウィズ・タイム」というイベントに参加してきた。

 主催は真っ暗闇の空間を視覚障害者のアテンドで探検してみる「ダイアログ・インザ・ダーク」で有名なダイアローグ・ジャパン・ソサエティ。「ウィズ・タイム」は、70歳以上のアテンドが参加者と共に加齢について体験したり、語り合ったりする90分間の催しだ。2012年にはじめてイスラエルで開催されて以降、ドイツ、スイス、フィンランド、台湾、シンガポールでも開催されたとのこと。

 冒頭の質問群は、イベントの開始間もなく、参加者たちがくぐる「時のトンネル」の壁面に書かれていた、たくさんの問いの中の一部である。投げかけられる直球の問いに戸惑う自分を感じながら、次の体験ステージへと進んでいく。

 イベントでは、将来自分がなりたい高齢者像をたくさんの写真の中から選んで、その理由を話したり、70歳でエベレスト初登頂、80歳で3度目の登頂を果たした三浦雄一郎氏の語りのビデオを観たり、担当アテンド(私のときは80歳の男性「いずみ」さんだった)の人生体験に耳を傾けたりした。

 一通りの体験をしてまず思ったのは、これほど真正面から高齢者と加齢について話したことはなかったかも、ということだ。超高齢化社会といわれて久しいこの国に住んでいながら、ここ最近の私が高齢者と会話らしいやりとりをしたのは、老いた両親とくらいだ。それも加齢や老いについて語り合ったわけではない。親にとっても子の私にとっても、すごく大事なことなのに、互いに歳を重ねて生きているという現実をきちんと言語化してこなかった。

 それと同時になかなかショックだったのは、身体の老いのリアルである。イベントの序盤で参加者たちは両の足首に重りを巻きつける。男性の場合は1足あたり2キロのアンクルウェイト。高齢者の足の運びが思うようにならないのは、この重りをつけた感じに近い、とのことだ。

 筋力トレーニングで使用経験のある人なら容易いのかもしれないが、初めてだとこれがかなり重い。参加者はイベント終了直前までこの重りをつけたまま、他の部屋に移動したり、ドジョウすくいの踊りを習ったりする。ドジョウすくいがこんなにハードな運動だとは想像もしていなかったし、ちょっとした段差でよろめいてしまうのだった。そのたびに、ああ、お年寄りが転倒して骨折し、寝たきりになるというのは、たとえばこういう危険が常につきまとっているからなのだな、と認識をあらたにした。

 足の重りだけでこうなのだから、高齢化はやっぱり大変だ。イベントでは他に、白内障や緑内障の感覚がわかるゴーグルをつけたり、特殊なヘッドセットで聴覚の衰えを疑似体験したりもした。目と耳を不自由にしたままだと、次以降の体験が難航するので、足の重り以外はすぐに外したのだけれども、実際の高齢者の多くは目や耳に同様の困難を抱えている。加えて、足腰肩や膝ほかにいつも痛みを感じている高齢者も大変多い。

 身体のほうぼうがそれだけ辛いと、メンタルのほうも落ちかねない。そうならないよう、身体の衰えを自然と受け入れていくことは、上手に歳をとっていくのに重要な心の持ちようだろう。心のゆとり、柔軟な精神をいかに獲得していくかが、自分にとっての高齢化の最重要課題だと思った。

 当日、私たち(参加者は7名だった)をアテンドしてくれた「いずみ」さんは、3年前に癌を患ったことを明かした。そのとき、「人間はいつ何が起きるかわからない。だからこそ、いつまでもチャレンジして過ごしたい。自分のチャレンジは、10年後の90歳までこのアテンドの仕事を続けていくことです」と話してくれた。

 三浦雄一郎氏の目標は90歳でまたエベレスト登頂をすることだそうだが、「いずみ」さんの望みは、ささやかといえばそうである。しかしながら、老いた身体の実例として赤の他人で初対面の参加者たちの前に立ち、自分の人生体験をさらりと語るその姿は、大げさに言えばひとつの希望だと感じた。三浦雄一郎氏のようなすごい高齢者にはなれなくても、「いずみ」さんなら目指せるかもしれない。いや、「いずみ」さんのように老いを受け入れられたら、高齢者になるのも悪くないというか、ちょっとかっこいいじゃないか。そう思ったのである。

 対して、世間はまだまだアンチエイジングの大流行である。みんな加齢を恐れ、老いを人に見せないようにして生きている。若さを保つことには気を配っているが、不可逆的に進む加齢に対して正面から向き合っている人は少ない。

「ダイアログ・ウィズ・タイム」はその加齢をテーマに、気軽なエンターテイメントとしてさまざまな体験をするイベントだ。重くて暗い話として避けがちな問題を、自分事として考える機会になりえる。私は、アンチではなく、ウェルカムエイジングと言える人生を送りたい。