「車をあげよう」で映画学校に入った異色の才能「サイモン&タダタカシ」監督

暴れ猿
2018/03/24 19:58

「車をあげよう」で映画学校に入った異色の才能「サイモン&タダタカシ」監督

映画深層
2018.3.24 02:00

 数々の鬼才を生み出してきたPFF(ぴあフィルムフェスティバル)から、またまたとんでもなく個性的な才能が誕生した。3月24日公開の「サイモン&タダタカシ」で長編映画デビューを飾る小田学監督(37)は、定時制高校在学中にアルバイト先で知り合った男性から自主映画を手伝ってくれといわれ、初めて映画を見始めたという映画人としては異色の経歴の持ち主だ。「映画をやると何日か仲間と一緒にいられる。その瞬間が楽しかったというのが映画作りのモチベーションかもしれませんね」と語る小田監督の素顔とは-。

“寄せた”のは全然だめ

 作品も極めて個性的だ。工業高校に通うサイモン(阪本一樹(いつき))は、いつもギターを抱えた軽いノリの同級生、タダタカシ(須賀健太)に秘めた思いを抱いていた。高校生活最後の夏休み、どこかに存在するはずの「運命の女」を探しに旅に出るというタカシに、サイモンもつきあうことになったが…。

 きまじめで内向的なサイモンと、おちゃらけでにぎやかなタカシの間合いのずれがおかしく、しみじみとした笑いを伴う青春ロードムービーというテイストで推移する。と、終盤に向かうにつれ突如、SFっぽい要素が出現し、果てはミニチュアを駆使した特撮まで登場するという何とも壮大な展開になっていく。

 「最初のシナリオは、自分なりに歴代のPFFスカラシップ作品に寄せていたというか、しっかりした作りで書いていたが、全然だめだった。だったら自分のやりたいことをやってやろうと思って。そもそも1時間以上のシナリオを書いたことがなかったですしね」と小田監督。PFFスカラシップとは、新人監督の登竜門といわれるPFFの入賞者から企画を募り、優れた作品には制作費などを援助する制度のことで、この「サイモン&タダタカシ」が24作目になる。

 「寄せなくてもいいんだと思ってからは開き直っていたので、撮影中も力は入っていなかったんじゃないかな。むしろ楽しんでやっていたような気がします」と撮影の日々を振り返る。

名前だけ書いたら受かる

 小田監督がここに至るまでの道のりは、もしかすると映画に匹敵するくらい面白いかもしれない。

 埼玉県熊谷市の出身で、子供のころは全く映画を見ていない。中学3年のときに好きな人ができて、参考に恋愛映画のビデオを借りたりしたが、「正直、全く興味がなかった」。

 進学した高校は校則が厳しく、「こんなところにいられない」と3週間ほどで中退。スキーリゾート施設などでアルバイトをしていたが、周囲から「高校は出ておいた方がいい」といわれて定時制に入るも、同級生は改造車で通学したり、授業中にたばこを吸っていたりと、恐ろしく治安が悪く、ほとんど誰ともしゃべらずに4年間を過ごした。

 その3年生か4年生の夏、運命の出会いが訪れる。静岡県の伊豆白浜海岸でアルバイト中、ビーチパラソルの下でシナリオを書いている男がいた。絵に描いたようなシチュエーションだったが、なぜかかっこいい。飲みにいこうと誘われたりして、そのうちに「自主映画をやっているから手伝ってくれ」と頼まれた。

 「その人と遊んでいるのが楽しくて映画も見るようになったが、かじる程度ですよね。で、その人が、映画学校に受かったら車をくれるという。日本映画学校(現日本映画大学)は4回受けたけど、全部だめ。それで日活芸術学院に入ったんです。日活は名前だけ書いたら受かるっていわれていましたから」

本当に顔を赤く塗る衝撃

 映画学校でも決して真面目な生徒ではなかったが、学費分くらいは元を取りたいと、卒業制作用にシナリオを執筆。それが採用されて監督を務めたのが「二人乗り」という短編で、小津安二郎記念蓼科高原映画祭の短編映画コンクールで入賞の栄誉に輝く。平成15年のことだ。

 「それが割と気持ちよかった。いろんな人としゃべって、まだ世の中に出ていない作品を見て、それが面白かったんです。こういうふうに映画を作っている人がいっぱいいるんだと思って、負けたくないなという気持ちが出てきました」

 18年には、映画作りの仲間と劇団「兄貴の子供」を旗揚げ。舞台演出も手がけるかたわら、26年には「ネオ桃太郎」がPFFで革新的な作品に贈られるジェムストーン賞を受賞する。これがきっかけで、PFFスカラシップ作品を手がける道につながった。

 その「サイモン&タダタカシ」は、歴代のラインアップから見てもかなり異質の存在だが、「自然であることがあまりいいとは思っていない」と明言する。小田監督が理想とするのは伊丹十三監督(1933~97年)で、恥ずかしさを表現するのに、本当に顔を赤く塗る演出を見たときは、相当な衝撃を受けた。

 「あ、俺がやりたいのはこういうことだと思った。漫画っぽいというか、過剰なもの、デフォルメしたものが好きなんですね。ただ一方で、やり過ぎている感じは嫌なので、その辺りの案配かなあ」と、ますます意欲を見せていた。

(文化部 藤井克郎)

 「サイモン&タダタカシ」は、3月24日から東京・シネ・リーブル池袋、大阪・シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、3月31日から京都シネマなど全国順次公開。

 小田学(おだ・まなぶ) 昭和55年生まれ。日活芸術学院の卒業制作で監督した「二人乗り」が、平成15年の小津安二郎記念蓼科高原映画祭で入賞。26年には「ネオ桃太郎」がPFFアワード2014でジェムストーン賞を受賞する。18年に劇団「兄貴の子供」を旗揚げ。

 PFFスカラシップ

 PFF(ぴあフィルムフェスティバル)は「映画の新しい才能の発見と育成」をテーマに昭和52年にスタート。そのメーン企画となる一般公募による自主映画のコンペティション「PFFアワード」で受賞した監督から次回作を募り、長編映画の企画開発から公開までをトータルプロデュースする支援システムがPFFスカラシップで、59年から始まった。

 歴代のスカラシップ作品は以下の通り。

(1)「イみてーしょん、インテリあ。」(60年)風間志織監督

(2)「はいかぶり姫物語」(61年)斎藤久志監督

(3)「バス」(62年)小松隆志監督

(4)「自転車吐息」(平成元年)園子温(しおん)監督

(5)「大いなる学生」(3年)小池隆監督

(6)「二十才の微熱」(4年)橋口亮輔監督

(7)「裸足のピクニック」(4年)矢口史靖(しのぶ)監督

(8)「この窓は君のもの」(5年)古厩(ふるまや
)智之監督

(9)「タイムレス メロディ」(11年)奥原浩志監督

(10)「空の穴」(13年)熊切和嘉監督

(11)「IKKA:一和」(14年)川合晃監督

(12)「BORDER LINE」(14年)李相日(サンイル)監督

(13)「バーバー吉野」(15年)荻上(おぎがみ)直子監督

(14)「運命じゃない人」(16年)内田けんじ監督

(15)「水の花」(17年)木下雄介監督

(16)「14歳」(18年)廣末哲万(ひろまさ)監督

(17)「パーク アンド ラブホテル」(19年)熊坂出(いずる)監督

(18)「不灯港」(20年)内藤隆嗣(たかつぐ)監督

(19)「川の底からこんにちは」(21年)石井裕也監督

(20)「家族X」(22年)吉田光希(こうき)監督

(21)「恋に至る病」(23年)木村承子(しょうこ)監督

(22)「HOMESICK」(24年)廣原暁(さとる)監督

(23)「過ぐる日のやまねこ」(26年)鶴岡慧子(けいこ)監督

(24)「サイモン&タダタカシ」(29年)小田学監督

http://www.sankei.com/premium/news/180324/prm1803240005-n1.html