少し恥ずかしいですが、
 
心の法廷の様子をちょと見てみましょう。
 
こんな感じです。
 
~「心の法廷」~ 
名前は「正見裁判所」

玄関に、金色の文字でこう書いてあります。

『本法廷は、真実を明らかにする場所であり、自分を裁く場所ではない。』
 
続いて、このようにも書いてあります。

「本裁判所では、

推測を事実として扱いません。

比較を証拠として採用しません。

人格と結果を同一視しません。」

と、あります。


私の心の中には、

これまで「裁判所」はありませんでした。
 
あったのは、取調室でした。
 
心の検察官が毎日のように、
 
「恋人がいない。」
「収入が少ない。」
「若くない。」
「だから価値がない。」
などと取り調べを続け、
 
私は何の反論もできず、
「はい……私が悪いです。」
と、自白していました。
 
でも、その自白は、
公平な審理を経ていませんでした。
 
証拠は検察官が集めたものだけ。
弁護士はいません。
裁判長もいません。
 
だから、
有罪になるのは当然だったのです。
 
そこで私は、心の中に「正見裁判所」をつくることにしました。
 次のやり取りは、その一場面です。

👨‍💼 検察官
「裁判長!被告は魅力的な男性を見て落ち込みました!」

👨‍⚖️ 裁判長
「それは事実ですね。」

👨‍💼 検察官
「したがって被告には魅力がありません!」

👨‍⚖️ 裁判長
(木槌をコン。)
「異議を認めます。論理が飛躍しています。」

👨‍💼 検察官
「裁判長、証人を呼びます!」

👨‍⚖️ 裁判長
「認めます」


🚶‍♀️ 証人
「あたし、見たんですっ!たしかにみたんですっ、あの人、イケメン見て落ち込んでました!」

👨‍⚖️ 裁判長
「証人。質問します。」
「被告が落ち込んだことは見ましたね?」

🚶‍♀️証人
「はい。」
👨‍⚖️ 裁判長

「被告に価値がないことは見ましたか?」

🚶‍♀️証人
「……いえ、それは見てません。」
(法廷が静まる。)

👨‍⚖️ 裁判長
「証言の後半は推測です。採用しません。」

といった、こんな場面のやり取りです。
 

そして最後に、

修行者である私は、静かに合掌します。

「今日も一つ学びました。」
 
傍聴席の弘法大師様に目を配りますと、

 

お大師様は何もおっしゃらず、

ただ静かに微笑んでおられます。
 

心が揺れたとき、
私は静かに法廷を開くようにしました。
 
「裁判長、お願いします。」
 
裁判長は木槌を軽く打ち、
一言だけ告げます。

「証拠不十分です。」
 
少し間を置いて、

「正見で観ましょう。」
 
これからの私は、
この言葉を胸に、
一日一日を歩んでいきたいと思います。

 

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

 

 

そして、

 

朝は感謝を。
昼は自然体で。
夜は労いを。
未来は焦らずに。

 

一灯照隅

 

 

Shinta