平成23年(2011年)3月11日14:46

あの日は、職場で、16階のフロアにいました。
鮮明に覚えています。

経験したことのない揺れで

家は倒壊したな…⤵という思いだけ。
停電し、携帯は充電切れ。

スマホ📱のワンセグで観れた部長は、「津波がきている❗大変な事になってる」と

仕事をしている状況ではありませんでした。
15時過ぎ、
帰れる人は、帰宅するよう言われ。

公共の交通機関は動いていないので
同じ方向の職場の人が途中まで行ったら車を駐車場に停めているので一緒にと誘ってくれて、途中まで歩き、
2時間位歩いたと思います。妙に静かで

家まで送っていただき。

家は連絡つかないし、倒壊しか考えられなかったです。

あぁぁぁぁ…

家があった😆

両親も無事でした。

しかし、
停電で、電気が通ったのは3日後、ラジオからの情報しかなく、電気が使えるようになって、直ぐ、テレビ観いりました!

こ、こんなになっていたんだ…
ただただ、びっくり😨

私の住んでいる所は、海沿いではなかったので、津波は大丈夫でしたが、生活面では、1ヶ月位は不自由でした。全国からの救援、ガスは、九州ガスの方がきて、使えるようになりました。
ありがとうございます。
電気→水道→ガスの順番で使えるように。

津波での犠牲者が多かった「東日本大震災」

亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共
に、亡くなられた方のご家族の皆様、被災された方、避難生活を余儀なくされている方、多くの皆様に心からお見舞い申し上げます。

何年たっても
母から、いつも
災害は、時なし、場所なし、予告なし
想定しながら行動しなさいと。
納得だ。
これからも、どんなことが起きるかわかりません。

生きられていること=素晴らしいことカナヘイハート

命の大切さを実感します。

復興には、まだまだ長い年月がかかると思いますが、
前に進むことが、復興の第一歩だと思います。

去年は災害が多かったです。
自分の力では何もできない、強い力❗
あの日を教訓に、
劣化させてはいけないですよね❗