まぁそのあれです!


鬱病を発症した俺ですが、

暫くは心療内科で処方された薬を飲みながら

朝昇龍(仮名)にキレて脅したりもしましたが(反省)

何とか大日本建託(仮名)で、アパート建築営業の仕事を続けました。


しかし…病気になってからは心が折れやすくなってしまって全然頑張れず、

あのキャンセル以後は受注交渉まで行った商談も一回だけで

…残念ながら結果は出せませんでした。


そして…猫派(仮名)との喧嘩も絶えなくなり、

彼女はある日、遂に息子を連れて実家に帰ってしまいました。


最愛の息子と引き離され…最悪の精神状態で、仕事がまともに出来なくなった所で、

支店長のウニ頭(仮名)と業務(事務)課長の八墓村(仮名)の二人から

執拗なパワハラを受けるようになり、遂に…入社11ヶ月で退職に追い込まれてしまいました。






営業会社なので売れない上に、

鬱病でまともに仕事が出来なくなった人間が辞めさせられるのは致し方ない事でした…


しかも大日本建託がどんな会社か、入社前に調べて知った上で入ったのです。


とはいえ…俺の病気を知ってて、

わざとパワハラで精神的に追い込んだ、ウニ頭と八墓村には復讐したかったです。



だけど…まだ一歳だった息子の事を思うと、


(失業保険をすぐ貰えるように)「会社都合退職」にさせるだけで泣き寝入りするしかありませんでした。


ちなみに…会社都合退職にする代わりにと、

「何があっても裁判沙汰にしない」という誓約書を書かされました。


営業職に転職する前は、何処へ行っても仕事を評価されて役職も付いていたのに、

仕事ができなくて鬱病を患い、妻子に逃げられ最後はパワハラで退職。


、、もうね、、男としての自信を無くしていました。


正直、、何度も動脈に包丁を当てて、、このまま一気に刃を引けばラクになれると思いました。

そして…その思いがピークに達した時、

どうせ氏ぬなら、その前に大日本建託に乗り込んで

ウニ頭と八墓村を刺し頃して、恨みを晴らしてやろうかと思い詰めた事もありました…


だけど、息子の養育費を止めるわけにはいかないので、思いとどまりました。


そう、息子の為に…生きて仕事をしなければいけなかったし

人頃しにもなれなかった。


とりあえず、失業保険で食べていた身なので心療内科に通うのを止め、

食事制限もして節約しました。


その結果、、一時、鬱が悪化して採用になった企業を辞退してしまったり、


営業職にリベンジしようと面接に行ったものの、面接官の話を聞いてるだけで、

「ここもか、、」

と実態が見えて気分が悪くなり、自己アピールが出来ず不採用になったりと、


なかなか仕事は決まらなかったし、

鬱の波が押し寄せて来る時は、、求職活動の意欲を維持するのさえ厳しかったです。


だけど、心療内科で貰っていた薬の代わりに、

アファメーションと引き寄せの法則にハマり、


毎朝毎夕

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとうございます、ツイてる、絶対、大丈夫!」

「私は日々、あらゆる面で良くなり続けている。」

、、等々前向きなアファメーションを唱えて凌ぎました。


何より、その時の恋人、、遠距離恋愛だったのですが、彼女が食べるものを作って送ってくれたり、

毎日、電話で励まして支えてくれました。


求職活動の最中、俺はやはり、また人を護る仕事をしたい!、、と思いました。


そして…もう一度誇りを取り戻したかった。

そう「防人(さきもり)」の端くれとして誇りを!


しかし、警備業界への正職での復帰は厳しい、、、


そんな中、「防災調査・観測員」という見慣れない求人を見つけました。

それは山間部の防災施設(法面やストーンガード、ロープネット等)の調査をしたり、

地滑り地帯の地中を観測する仕事でした。


その調査・観測の結果を元に役所が施設の修繕工事や避難勧告の判断を下す

、、つまり間接的に第三者を護る仕事でした。


俺がすぐに応募したのは言うまでもありません。


ちなみに、現在働いている活き活き警備(仮名)もハローワークで求人を見つけた瞬間、

「思い立ったが吉日!」とばかりに名古屋への転居覚悟で応募しました(笑)


(つづく)