まぁその、ザ・ガードマン!


現在、名古屋市の造園土木会社、


活き活き造園(仮名)の警備事業部

活き活き警備(仮名)


で警備員指導教育責任者を務める俺が、警備員になろうと思ったのは、名古屋に転居してくる約18年前、

出身地で21歳の時にネトウヨをこじらせて所謂「愛國心」に目覚めたのがきっかけでした。


俺も国や社会に貢献する為に何かがしたい、、

そうだ!ならば、そういう仕事に転職しよう!!


、、というわけで、最初は自衛官か警察官になりたいと思ったのですが、


俺は度胸はあっても根性がなかったので

理不尽なしごきなど絶対無理って感じだったし、


我儘で短気な性格だったから集団生活も苦手でした。


そんなんだから10代の頃は空手道場に通い、学校でも空手部に所属するも長続きせず、

選手じゃなくて地元の暴走族の用心棒のような存在、、空手使いのアウトローになっちゃったんですけどね(汗)



まぁそんなこんなで民間だけど人の生命、身体、財産を護り、

街の治安を護るのに一役買える警備員という仕事に惹かれたわけです。


で、ハロワで警備員を募集してる会社を探したんですが、


特殊部隊みたいなカッコいい名前の警備会社を発見!


業務内容は施設警備、交通誘導警備と書いています!


で、施設警備を希望して面接に行って即採用が決まったものの

面接官で警備員指導教育責任者の猪木(仮名)から



「えー、施設警備は私もかなりやりましたし、

将来的に仕事を取りたいから書いたのですが、

残念ながら今は交通しか仕事がありません。ムフフ、、、」


と言われました。


ちなみに猪木は、当時の地元では一番大きな警備会社で部長補佐だった人ですが、


その特殊部隊みたいな名前の警備会社を役員の一人として立ち上げ、

統括部長として会社を実効支配していました。


警備をプロレスに置き換えたらまさに猪木みたいなキャラで、自己陶酔しつつ


「俺の部隊は旗振りじゃない!民間の交通機動隊だこの野郎ーーーっ!!」


みたいな事ばかり言っていました。

まぁ実際には「この野郎」とは言ってませんが、、、


ともかく面接で彼が語った警備は、まさに俺が憧れた私設警察そのものだったので、


その猪木イズムに同調して、入社を決めたわけです。


で、その時やってた別の仕事を月末まで勤め上げてから、

翌月の1日から予定通り警備会社に初出勤しました。


しかし、早々と理想と現実のギャップに気付かされる事となるのでした、、、



(つづく)