繋留流産と診断され、手術を行ってから1ケ月後。
意を決して受診した他の病院でも「あなたが間違っている!」と痛みは精神的な弱さからきているとの診断を受けた私。
どうしたらいいの? 途方にくれ、「イタイイタイ!!」とおなかを抱えのた打ち回る。
この日々が続いた。主人は、あまり痛がる私のおなかをさすり「痛いの痛いの、とんでこい。」とするのが日課となった。
地獄の状況の中、やさしさに少しほっとした。
その主人が、仕事から帰るなり「みぞおちが痛い。」と言う。昨日から痛むと。
その時は、軽く考えていた。「毎日、痛いのとんで来い。。っていうからとんでっちゃったんだよ。」と冗談を言った。
翌日、私は、手術を行った総合病院へ検診に。
手術から、一ヵ月と2週間がたっていた。
医師「出血はありますか?」私「ありません。」
2週間ごと、いつも繰り返される形式的な質問があっただけ。エコー検査も変らなかった。いつもおどおどしている若い医師が操作するエコーの機械が、私の体の中に長時間入っていたことを覚えている。
その後、「おなかの中が綺麗になっていません。」と医師は印刷したエコー写真を見せながら私に説明した。
そのエコー写真は、私が妊婦検診のたびに大事に大事に持ち帰った赤ちゃんの写真と同じものだった。
それもショックだった。
赤ちゃんの写真のように白い塊も、血液なのか何なのか塊の周りにはそれを大事に包むように白い厚い層も写っていた。
くるしくなって。涙が浮かんだ。
エコー写真のショックであまり聞こえなかったが、続けて若い医師は、こう言った。
「もしかしたら、子宮が綺麗にならない原因は、この子宮内にある異物のせいかもしれません。
たぶん、ポリープか何かがあるのかもしれないので様子を。。。痛みがあるとのことは、内膜症かなにかがあるのかも・・・」
と。他人事のように言った。仮面のような顔でまた、2週間後来て下さいと言った。
なぜ?
絶対おかしいよ。絶対、おかしい。
その疑問は的中していた。
私は、内膜症でも、ポリープがあるのでもなかった。
誤診だった。
おなかの中にいたのは、癒着し始めていた私の赤ちゃんだった。
そのころ、主人は緊急入院していた。
お酒も飲まないのに彼の膵臓が肥大しており、原因不明”急性膵炎”の診断がされていた、膵臓は急変すると死亡する怖い臓器だと。2~3ヶ月の入院を言い渡されていた。
悪いことはついに重なった。
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