【山上】安倍元首相襲撃事件が恨んだ「宗教」と「カネ」+動画 | 光晴笑いの日記

光晴笑いの日記

日々の日記。

恨みと憎しみが引き金に

 

 参議院選挙の応援演説に訪れた安倍晋三元首相が奈良県で凶弾に倒れてから、2日が経過した。

 

 手製の銃を発砲し、安倍元首相に致命傷を負わせた山上徹也容疑者(41)は、殺人未遂の容疑で現行犯逮捕された後、殺人容疑に切り替えられて捜査を受けている。

 

 あまりにも突然の出来事。間近に控えた参院選の応援演説のさなか、白昼堂々と行われた凶行は、日本の「安全神話」を根本から覆した。  山上容疑者は警察の取り調べに淡々と応じているという。

 

  「安倍元総理がある宗教団体と繋がっていると考え、犯行に及んだという内容の供述をしているといいます。犯行に使った銃も、もともとはこの団体のトップを狙うためのものだったそうですが、接触が難しかったため、矛先を安倍元首相に向けたとされています」(全国紙社会部記者)

 

 容疑者を犯行に駆り立てたのは「宗教」だったのかーー。  「容疑者はその宗教団体を恨んでいたそうです。母親が宗教団体の信者で、決して裕福とはいえなかったのに、団体にのめり込み多額の献金をし、ついには2002年ごろ、自己破産するまで追い詰められてしまった。そのため、家庭をめちゃくちゃにした宗教を憎んでいたとみられます」(前同)  山上容疑者はどのような人生を歩んできたのだろうか。

おとなしい少年に何が

小学校時代の容疑者

 山上容疑者が幼少時代を過ごしたのは、宝来山古墳(第11代垂仁天皇陵とされる前方後円墳)や、平城京跡南口、唐招堤寺などといった歴史的な建造物が近くにあるエリアだ。

 

 その古くからある集落の一角、区画整理された新興住宅地に、山上容疑者が幼少期を過ごした家はあった。容疑者の祖父が1970(昭和45)年に購入した土地で、広さは約240平方メートル。近隣住民らによると、当時の価格で730万円ほどだった

 

 銀行や商店などは近くになく、自家用車が必須。暗くなると人通りも少なくなる、静かな街だ。 

 

 「子どもの頃の彼は大人しくて控えめな少年でした。それがまさか、こんな事件を起こすなんて考えてもいませんでした」  そう話すのは、山上容疑者家族の知人。

 

  「初めて会ったのは、彼が5歳くらいの時でした」

 

 容疑者の母親の実家に、母ときょうだいの4人で引っ越してきたのだ。祖父は会社経営をしていた地元の名士。

 

  父親はそこの従業員だったというが、山上容疑者が物心をついた頃に死別した。 

 

 「容疑者の祖母も亡くなっていて、祖父が一人暮らしをしていたため、お母さんは同居を決めたそうです」(前出の知人)  娘や孫たちとの同居に、祖父はさぞ喜んだことだろう。

 

  「妹はおじいちゃんとよく手を繋いで散歩していたり、いつもニコニコとしていました。でもお兄ちゃんほうは、外で遊ぶ姿などをあまり見なかった。おとなしい子なんだな、と思っていました」(前同)

 

 当時、容疑者の母親は仕事をしておらず、風向きが変わったのは家計を支える祖父が亡くなった頃のこと。

 

 1999年、実家は人手に渡り、隣町に引っ越したという。

 

  母子が引っ越し先として選んだのは、近鉄・大和西大寺駅周辺。ほかでもない、山上容疑者が凶行に及んだ事件現場は、彼がよく知る場所だったのだ。

 

 「このあたりは同じ区画の住民同士の結束が強い。新しい人とのお付き合いはなかなかありません」(近隣住民)同じ住宅街でも、こちらはターミナル駅から徒歩10分ほどと立地はいい。記者が歩いてみると、立派な門構えの住宅も多く、どこか背筋が伸びるような地域だった。 ただし、彼らの住まいは、広い一戸建てから1970年代に建てられたアパートに変わった。

 

 山上容疑者の母親はこの頃から宗教にのめり込んでいったとみられている。信仰により変わっていく母親の姿は、多感な年頃だった容疑者の目にどのように映っていたのだろうか。

 

 夫、父親と、立て続けに喪い、子どもたちを抱えてシングルマザーになった母親。 

 

 「お母さんは上品で物静かな人でした。教育ママ、というわけでもなく穏やかな方。容疑者は勉強が良くできたようで、奈良県内屈指の進学校に進んだそうです。

 

 おじいさんも有名大学を卒業していると聞きましたから、目標にしていたのかもしれません」(同前)  だがその後、家庭はゆっくりと壊れていった――。

一家の大黒柱として…

 山上容疑者は2002年に海上自衛官として採用され、05年8月に任期を満了させた後は職を転々としていたとみられる。
 
大学を中退したとか、自衛隊に入ったのはお金のためという話も聞こえてきます。一家の大黒柱として家計を支えるつもりだったのでしょうか」(前出の社会部記者)
 
 現在、母親は一人暮らし。山上容疑者とは同居せず、母子は距離をとって暮らしていた。
 
 奈良市内のマンションで一人暮らしをしていた山上容疑者は、今年5月まで大阪府内の人材派遣会社に登録し、1年半、派遣先の京都府の倉庫でフォークリフトを運転するなど、熱心に仕事をしていたという。 
 
 一時は家族とともに裕福な暮らしをしていた容疑者。しかしその後、収入は乏しく狭いマンションの一室でただ一人、将来に希望も見出せないまま憎しみと恨みを募らせながら、ひたすら銃をつくっていたのだろうか。
 
「容疑者からしてみれば安倍さんは真逆の人。経歴も家族にもお金にも恵まれています。そうした意味でも安倍元首相、ひいては社会全体を憎んでいたのではないでしょうか」(前出の社会部記者)  9日午後、安倍首相の亡骸は無言のまま自宅に戻った。選挙が終わった11日に通夜、12日に葬儀が行われる。  銃撃事件から1日経った9日、現場には多くの市民が献花に訪れ、手を合わせていた。  山上容疑者にとって、宗教は愛や救い、平安をもたらすものではなく、罪と憎しみ、そして悲しみを与えたということなのだろうかーー。