恋しさと せつなさと 心強さと | 24時間耐久~嵐を呼ぶリアルタイム更新

恋しさと せつなさと 心強さと

甘えるってのは大体、恋しさと せつなさと 心強さとのプロセスを通るもんだと思う。

甘える事象は対象へのアガペーが欠けていれば、それこそ甘えなんか発生してくるもんじゃない。切ない想いがなくては、甘えという観念が生まれるはずがない。そして、心強さは最後に結果として見えてくる産物なのではないか。

保育園に通っていた頃。

毎朝のように母親は車で教室の前まで送ってくれていました。僕は精神的に強い子供でしたので、親と別れる際にクレヨンしんちゃんに出てくるマサオ君の様にピーピー泣き喚く子供は軽蔑したこともありました。

大体、何時間か保育園というシャングリラで友達とガヤガヤ、綺麗な先生のパンティでも覗きに行ってれば自然と夕日が顔を出し、帰宅の時間も迎えるってものです。

そんなサバトを悠々自適に過ごせる時間帯なのにも関わらず、一生の別れのように慟哭するガキども。蝉が鳴くかの如く、毎朝低学年の子の泣き声が教室中に木霊しておりました。

そんな"奇怪"な日々が続いていた或る日。

通常通り担当の先生の控える教室の玄関まで親が見送りに来てくれた時です。ふと先生が「それでは、お母様さようなら」って。

なんかね、急に母が遠くに去ってしまうような胸騒ぎ?ムナゲ騒ぎ?そんな騒ぎがしたので、僕なんか自分でも信じられないほどの号泣。

自分が泣いている事実を客観的にみていたからね、「なんで僕は今泣いているんだろう」。解も出ぬままに泣き潰れてしまったのです。

母親が恋しいが為に涙したのでしょう。切なかったのでしょう。僕は泣いている自分を俯瞰のカメラから覗き込みながらかんがえていました。そして、親が居なくなった瞬間、ぴたりと不思議なことに泣き止んだのです。

悲しみが吹き飛んだような

そう、僕には心強さの萌芽だったのです。

なんていい話。

心強さ!?もしかして、好きな子のパンチラが偶々その時に拝めたからかもしれません。白でしたよ。あれっていいよね、ちらリズム

ま、兎に角強くなったの


よーよー