チリ地震1960年にもあった
そのときに津波を見に行った人がいていったん海の水がずーーーと引くそうである。
チリの地震の被害も心配であるが、1960年のときも日本で津波による死者が140人ぐらいいたという。
50年たっているのだが人間の怖いもの見たさや地震に対する警戒心・予知能力は依然として発達していないが
それでよいのだろうか
今回の津波の被害がないことを祈るばかりだ
チリ地震1960年にもあった
そのときに津波を見に行った人がいていったん海の水がずーーーと引くそうである。
チリの地震の被害も心配であるが、1960年のときも日本で津波による死者が140人ぐらいいたという。
50年たっているのだが人間の怖いもの見たさや地震に対する警戒心・予知能力は依然として発達していないが
それでよいのだろうか
今回の津波の被害がないことを祈るばかりだ
吉永小百合と笑福亭鶴瓶が兄弟である。
顔形的にはミスキャスティングであるが演技的には笑福亭鶴瓶が吉永小百合を食っていた。
この姉弟自分と同年代である。
長い間連絡の取れていなかった弟が姪の結婚式に出て酒を飲んで結婚式をぶち壊す。
少なからず姪の相手である医者の家庭に影響を落とし離婚の遠い縁にもなる。
この弟は姪「小春」の名付け親である。
昔は良い男だったのかと言えばそうでもなさそうで何年か前にも母親の18回忌の席で酒を飲んで暴れている。
「小春」の父親(姉の主人)が「兄と姉はこの弟を踏み台に成長してきている。ひとつでも自信を持たせよう。私の子どもができたら名付け親になってもらおう」と付けた名前が「小春」なのである。
迷惑なのはこの姪だ。古めかしい名前でしかも酒癖の悪い叔父がつけた名前というのだからこれを知ったときにはショックも大きかっただろう。
おとうとは旅芸人をしているがまったく売れないために大阪で女とたこ焼き屋をしている。
あるときこの女が130万円の証文をもって姉の下をおとづれる。
借金だけ残して逃げたのである。
大体男の一生130万円ぐらい余分に必要なのか
幸い私は100万円で済ませ、退職金で何とかなったが、この弟は姉にまる投げした。
しばらくの年月が過ぎ弟が大阪で命が危ない。食道がんが移転して5つばかりの病を持っている。住所も身よりもない人の最期を看取ってくれる施設で暮らしているのがわかり姉が駆けつける。
最後のとき離婚していた姪も新しい恋人の運転で大阪まで大雨の中を駆けつける。
家には半分ぼけているのか正気なのかわからない姑だけが残されている。
姉はこの姑に対しても肝心なことは何一つ相談しない。
自分の家はまだいいほうである。
おとうとは結局死ぬが死があるから今をどう生きるのかということだ。
永遠でないからここ・今・自分をどうするかが問題である。
弟が死亡してしばらくたったときに姪が再婚することになった。
弟の行動を嫌っていた姑が「おとうとさんにも連絡して結婚式に来てもらえ。彼もさみしいのだろう」と
結局兄のほうはおとうとと縁を切ってしまったが姉は弟のことをわかっていたのだ。
もっとも理解していたのは姑と姪だったのか。
この年齢になってくると病気と死が深い関心ごととなる。
病気で出かけられなくなる。歩けなくなる。死が必ずおとづれる。
だから今・ここ・自分なのである。
このごろ少しばかり弱っていた
人と比べてどうだこうだと考えすぎていたのだ
自分には職場がある。家庭がある。友人がいる。健康である。
これ以上何を望んでいたのか
人はよく見えていても外から見たものである。
内情は病気であったり、家庭的な悩みを持っていたり、怪我の後遺症で苦しんでいたり、それでもがんばっているのだから自分はその分感謝しなければいけない。
自分は自分でいいのだ。人と比較することはいらない。
まして有名人や と比較することはしなくてもよい。
ただ見習うべきところは見習うようにしよう。
3人で見舞いに行った
元気だった
連れ出して日本料理店で昼食
その後辺馬へ
できれば二人で行きたい
帰りに車の右側をぐささんが停まっていたが誰も気づかず
向こうも気がついていなかったみたいだ
どうもカネのほうがこくったみたいだ