●東郷青空というアイドルをご存知ですか?
NMB48の研究生です。
もしかしたら、NMB48のファンの方でも知らない方のほうが多いかもしれません。
東郷青空は、2012年10月11日にNMB48を卒業しました。
14歳ながら文才があり、ブログが話題になっていた東郷青空。
卒業するとブログが閉鎖されます。
ということで、ブログまとめ。
《東郷青空:NMB48 3期生 東郷青空編》
2012年6月10日
舞台『吉本百年物語』の初日まで後2日…今日はいよいよ大詰めのリハーサルがありました。
舞台のお稽古では緊張はもちろんですが、集中力がほんの少しでも途切れないよう目一杯気を引き締め全神経を集中しています。
お稽古場の空気は「ピンと張りつめた」というよりは、自然にすっと背筋を伸ばしてしまうような「凛とした感じ」に思えます。
余談ですが…青空は、小学校低学年の頃にたった8ヶ月ですが実践空手を習っていました。
型だけではなく実際にあてるので、
女子クラスといっても年も体格も大きいお姉さんに蹴られると本当に痛いです。
防具をつけても痛いし、怖いし…スイミングスクールへ通っていた時と同じくらい本当に辛かったです。
何故、そんなに辛い空手のお稽古へ?
父です。
青空が生まれた時から将来を案じて、
自分の身を守れるようにといつか空手を習わそうと考えていたらしいのですが…
青空が2才になると音楽教室だ!バレエだ!塾(小学校受験)だ!と母のパワーにおされ、
なかなか言い出せなかったらしいのです。
でも、青空が低学年の頃に同年代の子の悲しい事件が続き、心配した父の強い希望で空手のお稽古へ通う事になったのです。
いつもは甘くて優しい父なのに「行きたくない」と青空がどんなに泣いて訴えても、
「やめる」事を許してくれませんでした。
おまけに父がお休みの日は、父の足に蹴りの練習をさせられて‥
でも、嫌々でも続けていると少しは身についていたみたいで、
通い始めて半年位になると父の足にバシッと手応え(足応え)のある蹴りを入れられるようになっていました。
青空は、白帯から審査会を1度受けて1つ進級の黄帯になり、やっと失礼する事ができました…
今となっては良い思い出です。
以前、『NMB劇場は道場に通じるものがある』とコメントで仰って下さいましたが、
青空も舞台のお稽古場に入ると、何故か空手道場の空気を思い出します…。
東郷青空
2012年6月17日
AKB48総選挙の政権放送や新聞のインタビューでも言いましたが、青空の座右の銘は…
″Where there's a will, there's a way.″
意味は、「意志のあるところには道がある」です。
新しい世界へ旅立つ青空に、担任だった大好きな英語の先生が贈って下さった言葉です。
女性としても先生としてもとても尊敬している大好きな英語と理科の先生…
離れても、大人になっても、青空はずっと先生の生徒でいたいです…。
各教科の先生方や友達、先輩方からの温かいメッセージを青空は心をリセットする時に読み返しています。
3期生になって、こんな青空を応援して下さる皆さんからいただいたお手紙やコメントは前に進む為に読ませていただいています。
青空は自分の性格をお話するのは、本当はあまり好きではありません…。
自分自身で決めつけたくないし、先入観で判断されたくないからです。
でも、今日はあえて言うと無器用なのだと思います。
だから、ストレートに気持ちを綴ってしまい皆さんにご心配をお掛けしてしまう事が何度もありました…。
昨日、今日と…また甘えてしまい本当にごめんなさい…。
遅くなりましたが… 昨日の公演で大きな「そら子」コールを悲しみのハイタッチの中でも声を掛けていただき本当にありがとうございました!
そして、今日は(握手会の)青空のレーンへ来て下さり本当にありがとうございました!
お会いできて優しくお話をしていただいてとても嬉しかったです!
東郷青空