一期一会2



「母さんの歌」


季節はずれだがクリスマス・イヴと言えば、1989年の想い出が蘇ってくる。留学のために渡米した年も押し迫った頃、子供たちが通う現地の小学校のESL (English as a Second Language) クラスからクリスマス・パーティへの招待状が届いた。最後に、家族で何か日本のことを紹介して欲しいとメッセージがあった。私たちはどの家族も何か余興を披露するのだろうと理解し、普段家族でハーモニーを楽しんでいたので、「ファミリー・コーラス」を私達のパーフォーマンスとして返事した。

 さて、当日そのパーティに赴いてみると、何と私たちは日本人家族の代表として日本の文化を紹介することが真意だったことを知る。途端に緊張を覚えた。中国の親子は、父親が中国語で漢詩を読み、娘さんがそれを英語で説明していた。イスラムからの親子はハヌカの祭りについて、祭器を持参して紹介していた。いよいよ、私たちの出番である。私達は娘(当時小学3年生)の指揮に合わせて、息子(当時小学1年生)と家内に私を加えた家族4人で「母さんの歌」を歌うことにしていた。私が歌の内容を英語で簡単に説明したあと、「母さんは夜なべをして~手袋編んでくれた~」と歌い出し、3度のハーモニーをつけて、一気に3番まで歌い通した。大役が終わってやれやれと席に戻ると、何だか周りの様子が変なのである。多くの参加者が眼を赤くして涙ぐんでいるのである。前を見ると、先生方の中にもハンカチを目頭にあてている光景が目に飛び込んできた。私は「母さんの歌」に込められている母の子供に対する愛情が、時を越えて、国境を越えて、言葉の壁を越えて、皆の心に届いたことを確信した。「故郷の母を思い出しました」「久し振りに親子の絆を感じました」と日本人家族が感想を述べてくれた。最後にESLクラスの先生が私たちのところにやってきて、「あの歌を聞いて、日本人の心が理解できたような気がします」と告げられた。私たちは頑張って歌った甲斐があったねと家族で喜んだ。

年明けの日本人会の新年会に参加した我々は、100人を超える参加者の前で、請われて再度「母さんの歌」を合唱し、たくさんの拍手を戴いた。懐かしき大切な思い出である。