2020.3.9
コロナが流行ってて、ライブハウスが自粛要請されているなか、キャンセル無しで集まって頂いた出演者、見に来る、とゆう選択肢を選んで頂いたお客さんにはほんとに感謝しかありません。ありがとうございます。
今まで私の企画ばかりで主催者がねとだったんだけれど、結局めちゃくちゃ泣いちゃって、酔いつぶれて打ち上げの記憶が無いです。笑
ここからは主にねととの事や解散についての私の気持ちみたいなものを気持ちの整理みたいな感じで長々書いてます。
ねととは、6年くらいの付き合いでバンドを初めて約4年、箱詰めのおもちゃとしては2年と3ヶ月。ずっと一緒に歩いてきました。
今考えれば、バンドしたい、って言う私のワガママから始まって、コピーバンドしたり、オリジナルに移行した時も試行錯誤して、最初はめちゃくちゃポップやったなぁ、なんて。笑
でも私の音楽の趣味が変わったのと同時に作る曲も変わって今じゃうるさいバンドになってた、それも私のワガママだったなぁって思います。いつもワガママに付き合ってくれるねと、何か言ったら基本OKって帰ってくるねとのいい意味でのアホさが好きなんです、そして突拍子も無いことをたまに言ってくるんですが、大学受験する、鹿児島に行く、と言われたのも突拍子でした。スタジオで星の勉強してるねんーみたいな事を急に言い始めたと思ったらその数ヵ月後に大学受験を言われて正直、めちゃくちゃ焦りました。
正規、ねとと私しかおらんやん!?ってなったけど、カッコつけたくて、「箱詰めはねととやる為のバンドだから終わらせるよ」なんて言った記憶があります。笑
でも、正直悩んでて、箱詰めしか、ねととしかバンドして来なかったからどうしたらいいのか分からない壁にぶち当たって、音楽やめようかな、って思いました、でも自分にはもうバンドするくらいしか存在意義みたいなのを生み出せなくって、すごく悩んで病みました、そんな時ずっとサポートドラムの荒木くんに愚痴ってたりなんかして、箱詰め終わらせたく無いけど、バンド新しく始めたいけど、バンドもうしたくない、みたいな矛盾した気持ちでずっと過ごしてました、終わるのわかってるのになんで練習してんだろ、とかそんな事まで考えるようになってた時もありました。そして大学の学祭で大学のバンドでライブをした後に一気にしんどくなっちゃって全然関係ない場なのにめちゃくちゃ泣いちゃって熱を出したりもしました。
そんな時にサポートギターののぶとcinema staffをみにいって、その後に一緒に公園でお酒を飲みました、その時にバンドしよう、続けよう、どうせお前は辞めてもまた始めたくなるで。って言われて、その時に箱詰めでやりたかった事、自分の夢、やりたいステージ、とか話して前を向けるようになりました。そして結局曖昧にしてた箱詰め終わらせる、?の話に決着をつけて、3/9ねとの大好きな人を集めた、そんな企画を行えました。
お互い前をもう向いてます、前に進みます、未練や後悔、後ろめたさはあるかもしれない、時には振り返りたくもなる、でも振り返ってももうまた足は前を向ける、そう思ってます。
そしてこのねととバンドをした4年があったからこそ、今、曲を書いてギターを鳴らして、歌を歌えてます。ほんとにありがとう。
これからお互い違う道を進む、でも友達にかわりないし、歌う場所がある限り私は多分歌うことをやめられないんだと思う、なんか気持ちをまとめたかったのによく分からなくなってきた、けれもど、多分それでいいんだ、きっと。
4人に明るい未来が待っていると信じて、
今日も私は駄文を綴り、歌詞を書いてます。
それくらいしか出来ないから。
シーユーアゲイン。