半年振りの福岡へ…そにょ⑩ | ヘタレ車掌の戯言

ヘタレ車掌の戯言

毎日惰性だけで生きているヘタレ車掌の日常です。

昨日は有給休暇を取得し、先月のダイヤ改正から小田急4000形が直通するようになったJR東日本常磐線と、今月から一日乗車券(大人900円・小児450円)が通年発売されるようになった京王電鉄沿線で撮り鉄してきました。そちらは後日改めて記事にしたいと思います。

前回記事の続きです。

 

西鉄電車を西鉄小郡駅で降りて隣接する甘木鉄道の小郡駅へ向かいます。

甘木鉄道は、1939年に開業した国鉄甘木線(鹿児島本線基山駅~甘木駅間)が1986年に第三セクターに転換された鉄道です。国鉄から第三セクターに転換されるということは、いわゆる赤字路線として烙印を捺された路線ということになるのですが、福岡都市圏に近いことや転換後の増便、大分自動車道との交差部にあった筑後小郡駅を西鉄電車大牟田線西鉄小郡駅付近に移転(小郡駅に改称)したことが功を奏して乗客増に繋がり、第三セクター転換鉄道としては珍しく黒字経営が続きました。現在は災害の影響や原油価格の高騰(甘木鉄道は非電化のためディーゼルエンジンによる気動車での運転です)により現在は赤字傾向にありますが、それでも赤字額は他の第三セクター鉄道と比較すると僅かで、全国的にも第三セクター転換鉄道の中では恵まれている方かと思われます。

 

甘鉄AR-401 小郡駅 20160313

西鉄電車を跨ぐための盛土高架部分に設置された甘木鉄道の小郡駅から、車内が転換クロスシートのAR400形AR-401の甘木行きに乗車しました。前面に“宝くじ号”と表記されていますが、これは日本宝くじ協会の助成によって導入された車両であることを示すもので、全国的にも第三セクター鉄道で見られるものです。“卑弥呼”の愛称の愛称もあって、車体のカラーリングは紫系で側面にイラストが描かれています。

甘鉄AR-401車内 甘木駅 20160313

車内は転換クロスシートで、貸切用としての運用も考慮してか、観光バスのようなマイクジャックがあります。

甘鉄AR-401車内掲示 甘木駅 20160313

但し、せっかくの転換クロスシートは現在、固定されて転換できなくなっています。

 

甘鉄AR-401車内銘板 甘木駅 20160313

AR400形はAR-401の1両のみの存在で、現在は鉄道車両やバスボデー製造から撤退した富士重工製で平成13年(2001年)の導入です。

 

終点の甘木駅まで乗車、駅での改札はなく、車内の運賃箱で運賃を支払います。ちなみにICカードなどは使えません。

駅構内には車両基地や本社が併設されていますので、留置車両などをパチリカメラ

 

甘鉄AR-301&AR-401 甘木駅 20160313③

留置中のAR300形AR-301㊧と発車待ちのAR400形AR-401㊨

AR300形は、転換当初から運行されてきたAR100形代替のために2001年から導入された車両です。1980年代に国鉄から転換された第三セクター鉄道では、ほとんどの鉄道で製造コストや燃料費などの維持費の面で有利とされるバスの構造を取り入れたレールバスや、レールバスの発展型とされる軽快気動車が導入されましたが、10数年で寿命とされるバスをベースとしているだけに通常の鉄道車両より寿命が短く、経年15年程度で老朽化が問題となり、転換により一斉導入した車両が一斉的に取替え時期を迎えることが経営の厳しい第三セクター鉄道の経営を圧迫していると言う話も耳にします。そんなこともあって、それらのバスをベースにしたレールバスや軽快気動車の代替には、もっと鉄道車両寄りな車両が導入されることになります。現在、7両が導入され、AR400形とともに活躍しています。製造はAR-303まで富士重工でしたが、2003年に富士重工が鉄道車両やバスボテーの製造を取り止めたことにより、AR-304以降は新潟トランシスで製造されています。カラーリングは当初、全車が転換当初に導入されたAR100形から続くものとなっていましたが、2010年以降はAR-301以外の車両でカラーリングの変更がなされています。

 

甘鉄AR-302 甘木駅 20160313

青系のカラーリングのAR300形AR-302

 

甘鉄AR-305 甘木駅 20160313②

国鉄キハ58系風のカラーリングとなったAR300形AR-305

 

以下は1997年12月17日撮影の画像です。

甘鉄AR-104 甘木駅 19971217

1986年の転換当初に導入されたAR100形AR-104

車体の構造部材や扉、側窓などが当時の富士重工製バスボテーと共通化されていました。

1986年から1989年にかけて6両が導入されましたが、老朽化により2001年から2006年にかけてAR300形AR400形に代替されて廃車されています。廃車後、このAR-104は朝倉市内の保育園で保存、1989年に導入されたAR-106がミャンマーに輸出されましたが、他の4両は廃車後解体されています。

 

甘鉄AR-201 甘木駅 19971217①

AR200形AR-201

1992年に輸送力増強のために1両のみ導入されました。AR100形より車体が長くなった他、鉄道車両寄りの構造となり、前面形状も鉄道車両っぽくなりました。が、側面の扉や側窓はバス部品です。前面形状は富士重工で貫通扉付きを標準としている中で、当時の甘木鉄道所属車両(AR100形)が非貫通構造で貫通扉があっても幌を繋ぐ相手がないことから貫通扉のない非貫通構造となっています。AR100形の増備車として導入されましたが、当時はそれ以降の増備も既存車両の代替もなかったため、2両目が導入されることはなく1形式1両のまま推移し、2006年に廃車されました。廃車後はミャンマーに輸出されています。現地では前面に貫通扉を設置して客車として運用されているらしいです。

 

ハナシは戻って、雨の中、西鉄電車甘木線の西鉄甘木駅へ向かいます(次回以降に続きます)。