六本木で開催中の第30回東京国際映画祭。マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の『さようなら、ニック』を観ました。監督は新作のドキュメンタリー映画に取り掛かっているとのことで来日を果たせず。上映後のQ&Aコーナーではプロデューサーのベッティーナ・ブロケンパー、本作で主人公の同僚であり親友のウェットを演じた俳優フレドリック・ワーグナーが登壇。監督のビデオメッセージが流れました。

マルガレーテ・フォン・トロッタ監督とプロデューサーのベッティーナ・ブロケンパーは『ハンナ・アーレント』(2012年)でもタッグを組み、撮影の際に「次回は楽しいのをつくろう。コメディを撮ったことがないから、ポップなコメディもいいかも」と監督が言っていたことから実現した本作。
ベッティーナ・ブロケンパーは「『ハンナ・アーレント』は脚本にも時間をかけ、何年もかかり(10年の構想を経て)完成させた重い作品で、ハードワークだったけれど、たとえ政治的であっても、ライトで軽めのドラマであっても、人間性を重視し、ユーモアをあちこちにちりばめることを監督は忘れません」と語っていました。
そう、ユーモアが随所にちりばめられているこの作品。立場も生き方も違う2人の女性を描いています。ジェイドとマリアの唯一の共通点は、浮気性で若いモデル好きのニックという同じ男に裏切られたということ。その男のせいで、全く違うタイプの2人がニューヨークの豪奢なロフトの一室をシェアする羽目になり、小さな戦争が勃発。現在はジェイドが住んで自分の場所だと主張する空間に、かつてニックと暮らしていたマリアが再びやってきて、お互いに対する想いやニックとの関係に変化が起きます。
舞台がドイツではなくニューヨークなのは、20年前だったらお金のないアーティストでも買えたアパートメントが今では何億円にもなっている不動産ブームが背景にあります。主人公のジェイドが妙にこだわる部屋に飾ってある絵画やお皿など演出上の小道具の効かせ方にも注目です。
マリアはドイツの女性だけど、かつてニューヨークに住んでいて、何かを取り戻したくてニューヨークに再び戻ってきた人。ジェイドはずっとニューヨークに住み続けたいと願っているし、アメリカにすっかり適応しているヨーロッパ出身の女性として描かれています。
仕事一筋で生きてきたジェイドと、家庭を持って育児に専念してきたマリアという強い女性同士の対立という単純な話ではないのです。生き方の違いから相手の想いを受け入れるというのにはどうしても時間が必要になるけれど、お互いを受け入れて助け合うことはできるのでは? というポストフェミニズム的な新しい女性像がそこにはあります。生き方が違ってもサポートしあうことはできる、違うからこそ、力になれることもあるのかなとも思えてきます。
現代の女性を描いた映画ではあるけれど、タイトルにあるようにこの作品の主人公はニックで、彼をきっかけに彼女たちは強くなり、自分自身と向き合うことになるのです。女性の敵! 浮気者の嫌な男! としてニックを描いていないところも面白く、ラストも清々しいくらい。
“男性の影響力からどのように距離をおくべきか”という問題について、もし悩んでいる女性がいるのなら、この映画をおすすめしたいです。
■作品情報 『さようなら、ニック』
監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ
プロデューサー:ベッティーナ・ブロケンパー
脚本:パメラ・カッツ
出演:イングリッド・ボルゾ・ベルダル、カッチャ・リーマン、ハルク・ビルギナー、フレドリック・ワーグナー
サイト:『さようなら、ニック』
■イベント情報 第30回東京国際映画祭
開催期間:10月25日(水)~11月3日(金・祝)
会場:六本木ヒルズ(港区)、EXシアター六本木ほか
公式サイト:www.tiff-jp.net/