秋田城跡 | 年金ホームレス全国道の駅巡り旅

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朝焼け
道の駅てんのう(秋田県潟上市天王江川上谷地)の鞍掛沼に架かる鞍掛橋を入れて
朝焼け
朝焼けの中、チビと散歩。
外郭東門
秋田県秋田市寺内高野にある「秋田城跡」を散策。
2011年10月に復元された外郭東門と築地塀。
秋田城は奈良時代から平安時代にかけて造営された、対蝦夷の拠点になった古代城柵です。創建は、733年(天平5年)に出羽柵庄内地方から秋田村高清水岡に移転したことにさかのぼり、その後天平宝字年間に秋田城に改称されたものと考えられている。
第 Ⅰ 期の政庁配置を示す模型
秋田城創建期の頃の政庁で、政庁は大きく分けて6期の変遷があることが発掘調査で確認されている。
説明文
東門
東門に続く幅員12mの大路
政庁(秋田城跡)
政庁は秋田城の中枢部で、東西94m、南北77mに区画された部分で、一番大きな建物は正殿と呼ばれる建物である。
便槽、沈殿槽、木樋、目隠し塀によって構成され、
個室内に用意された甕などの水を使用後に流す構造であったと考えらる。
籌木(ちゅうぎ)
正面をていねいに削って仕上げた棒状のもので、用途は現在のトイレットペーパーです。古代の水洗トイレの沈殿槽(浄化槽)からたくさん見つかっています。 (下の説明文)
個室の床下の便槽に溜まった汚物を木樋を通して沼に排水する水洗式だったと考えられている。
古代沼
この沼は、縄文時代以前に飛び砂によって沢がせき止められてできた自然の沼を復元したものです。沼は、城内でおこなわれた大祓(おおはらい)などのまつりで使われた人形(ひとがた)、斎串(いくし)、人面墨書土器などを流す神聖な場として利用されています。また、沼底の泥炭層からはスギ、マツ、イネなど植物の花粉が多数発見され、現代とあまり変わらないようすであったことがわかります。(説明文より)
井戸
説明文