布引観音・観音堂の散策 | 年金ホームレス全国道の駅巡り旅

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布引山
長野県小諸市大久保に有る「布引山」の崖の岩
布引観音説明文
むかしむかし、信州信濃の国小県(ちいさがた)の郡に、強欲で信仰心のかけらもない老婆が暮らしておった。ある日、洗濯した布を干していると、どこからか一頭の牛がやってきて、角に布を引っかけて走り去ってしまった。女はたいそう怒り、布を取り返そうと牛を追いかけていったと。牛は逃げ足が早く、走っても走っても追いつかなんだ。とうとう日も暮れて牛の姿も見失い、ここはどこかと辺りを見渡すと、なんとそこは善光寺本堂の前であった。すると天から一筋の光明がさし、地べたに垂れた牛のよだれを照らし出した。そのよだれの跡はまるで文字が書かれたようで、「我は仏の使いであり、汝をここへ連れてまいった」というように読めるではないか。たちまち女は改心して、善光寺如来を信ずるようになった。その日はそのまま本堂で一晩を明かし、翌日、女は家へ帰っていった。後日、近くの観音堂にお参りすると、なんと、牛に取られたあの布が観音さまの足下にあるではないか。あの牛は観音さまの化身だったのだと悟り、深く深く帰依したそうな。
今では、その観音さまは布引観音(ぬのびきかんのん)と呼ばれ、小諸市の千曲川に面した断崖絶壁に立つ、懸造りの観音堂に祀られている。

布引二段滝
布引観音・観音堂に行く途中に有る滝で、同じ位の滝がすぐ下に有る。
馬岩
布引山の裏の台地を御牧ヶ原といい、平安時代朝廷直轄の官牧で有った。紀貫之が詠んだ「望月の駒」は当地の産である。この台地で育てた駿馬を朝廷に貢馬として、おさめる際に唄われたうたが小諸馬子唄の原唄「小室節」と言われており、今も唄いつがれている。その因縁が岩に馬の駈ける姿の如く現れている。 説明文より
見守り地蔵
牛岩
「牛に引かれて善光寺参り」の伝説発祥の地にふさわしく、岩に牛の姿が現れており、この布引渓谷の中でも、迫力ある奇岩である。 説明文より
説明文には「牛の姿」とあるが、自分には見つける事が出来なかった。
善光寺穴
長野の善光寺まで穴が通じていると云われ、昔善光寺火災の折に、この穴から煙が出たと伝えられる。 説明文より
不動滝
岩上に不動尊が安置されていることから不動滝と名付けられている。ここからながめる観音堂もまた趣があり、京都の清水寺を想い出される。 説明文より
滝と言っても水が無く、白い縦線の辺りが滝の形跡が有る。また、ここより見た
観音堂
「観音堂」は、こんな感じに見える。
布引観音・観音堂
山門(仁王門)横から見上げた観音堂。
観音堂
「釈尊寺」から見た観音堂
観音堂に行くトンネル
布引観音・観音堂
重要文化財「宮殿」この観音堂の岩屋内に安置されており、正嘉二年(1258)に建立。和風建築のひな形とも云うべきもので、鎌倉時代の様式をよく現した重要な建築物である。 説明文より
観音仏達
釈尊寺と山門(手前)
布引観音・観音堂から見た風景で、下の大きな建物が山門(仁王門)で、ここからの参道は今は通行止めになっている。
観音堂から下を覗くと、こんな感じ。