今日は、私の愛するスポーツ、“ボート”のインカレ最終日(のはず…)です

ボート部に所属する大学生にとって、インカレはいわばオリンピック的存在で、
1年に1度、それも4年生の引退時に有終の美を飾るために入部時から目指すとっても大きな舞台なのです

立教大マネとして所属していた私も、自分が引退する年のインカレを目指して頑張っておりました


私にとって、大学時代のボート部は全てともいえる存在で、
熱い私はマネでありながら生活の全てを「勝つ」ということのために注いでいきました

本当に一生懸命だったから、世界一

、そして自分の人生一

青春して輝いていた自信がある

カロリー計算、栄養の勉強、ご飯作り、マッサージ、OB訪問、資金集め、新勧、コーチ監督と選手の橋渡し、HP、新聞作り、新艇庫の設計、電話かけ、イベント、チャリ判、ビデオ撮り、学校を休んでの大会、イベント、測定、結果メール、口座管理、写真撮影、などなどなどなど…

やった人にしかわからない壮絶な世界。一般的なイメージの女子マネ(水をあげたり洗濯したり)とは月とすっぽん…どころじゃぁないくらい過酷な日々でした。笑
とても2年半とは思えないくらいの仕事をこなし、勤続10年くらいの濃密な日々を過ごしました。ぶっちゃけ、そこらのOLよりはるかに仕事できてた自信あります

そう、たったの2年半で…。
部イチバンの熱血っ子だった私に
ある日突然落雷のごとく転機が訪れました

なんと、志なかばで(それも自分達が最上級生になるという大事な時に)退部することを決意したのでした

こんなに身を削って自分犠牲にしてばっかで。
なのに漕ぐ本人達の気持ちは感じられなくて。
「勝つ」ためだけに頑張ってきた私は、「勝つ」ことの難しさもわかっていました。
このメンバーではインカレでの優勝は無理だと見切りをつけた自分がいました。
4年前の今日…大好きな先輩の引退の日に立会い、何もわからずにいた自分が「勝たなきゃいけないんだ」、と目覚めました。
3年前の今日…自分が2年後に勝つために、2年生の自分でもできることを必至でやり抜きました。
2年前の今日…たくさんの出来事と自分の退部が重なって、行くことも許されずただただ苦しい日でした。
1年前の今日…同期の引退をひとめ見たくて、こっそり見にいって、自分の存在が無いその光景に複雑な気持ちになった。
毎年、ずっしりと考えてしまう特別な日。
理論的にいって、私の決断は間違いではないと思うし、あの時やめてなかったら大学時代にやろうと思ってきたこと何ひとつできずに後悔したと思う。
やめたからこそ今の私がいて、やめたから出会えた大切な人々や環境がある

でも、やっぱり家族同然に濃くて熱い時間を過ごしてきた仲間を裏切るようなかたちになったのは確かで、
人生には理屈なんかじゃ説明できない、もっと大切なものがあるのも間違いではない。
計画どおりの人生だけが幸せな道じゃないとも思う。
どんなに自分の人生のためであっても、もっともっと大切なものがあったんじゃないかってことを、
あの時からずーーーっとずーーっと考え続けている。
あの数日間の日々を鮮明に覚えている。
みんなからもらったひとこと一言を覚えている。
あの時「絶対勝つから」ってもっと言ってくれたら…
あの時かたくなだった自分がもっと素直に気持ちで動いてたら…
みんながもっと大人だったら…
ふとした瞬間に考えてしまう。
みんなも自分も傷つくことをわかっていながらの一大決心だったので、
間違ったな、と思ったことはない。
でも、まだやれることややりたいことも考えていたところへ降ってきた決断だったし、
何よりボートや仲間を本当に大好きだったし。
続けていればこうだったかな…っていう想像が次から次ぎへと山のように出てきて、
本当に色んなことをやっていたから、少しでも記憶と重なることがあるとすぐ思いだす。
それが心に突き刺さって今でもリアルに痛い。
当時は本当に本当に大失恋みたいで、決断してからの部活帰りは毎日泣きながらチャリ漕いでた。
自分でした決断なのに毎日毎日、涙が止まらなくて、何ヶ月も泣き暮らした。
今はもう枯れきってしまって泣くことはないし、強くなった。
でも、この傷はあまりにも大きいんだよなぁ。
今頃、あついあつぅ~~い時間が流れているんだろうな

今年はまだいけない、まだまだ誇れない自分だけど、
今も、私の根底にはボート部出身という誇りが根付いている。
来年、再来年こそは顔を出せるような自分になっていたい。