イルカショーが終盤になった頃、小百合の携帯が振動し始めた。
彰は、それに全く気づかず、イルカの曲芸を見ていたが、小百合は携帯に出なかった。
そして彰の目を盗んで、バッグの中の携帯を覗き見ると溜め息をついた。
「しつこいわね。...」
小百合は心で、そう呟いていた。
やがてショーが終わり、館内に戻ると、小百合が彰に言った。
「彰さん、急で悪いのですが、今晩、地元に帰らなければならなくなりました。」
「えっ?...どうして?!」
一泊して明日帰る予定だと聞いていた彰は、小百合の言葉に驚くと共に、退屈させてしまったのかとも思った。
「水族館じゃなくて、ショッピングとかのほうが良かったかな?...俺、ほんとデートとか久しぶりすぎて、どうしたら良いのか分からなくて。」
彰が気まずそうにそう言うと、小百合は微笑みながら、そんな彰を庇った。
「ううん、そういうことじゃないんです。...この水族館、以前から行きたいなって思っていたし、それに彰さんと来れて嬉しかった。イルカのショーも楽しめたし。...だから心配しないで。」
小百合の温かな言葉に彰は安心したが、なぜ急に予定を変更したのか気になっていた。
「今夜、私と同じ部屋じゃなくて、もう一部屋あるから安心してください。」
彰は小百合が自分と泊まることに不安感を抱いているのだと思い、そう言った。
すると小百合は口元に手を当て、込み上げる笑いを隠し、うつむいた。
「うふふふっ。...彰さん、かわいい。...私、もういい年した大人ですよ。...そこに怯えているとしたら、私、遥々ここまで来たりしません。」
その言葉に「それも、そうだな。」と彰は合点した。
「実は、イルカショーの最中に私の携帯が鳴って、見てみたら、居酒屋の店長からメールが来ていて。...明日、出る予定だったパートさんが忌引きで休みになったから、悪いけれど明日、出勤してくれって。...だから私、今夜、帰らなければならないのです。」
小百合は申し訳なさそうに、そう言った。
彰は内心、「女性に関して、自分は本当についてないなぁ。」と思った。
「そうなのですね。...せっかく会いに来てくださったのに残念です。...でも、そういう理由なら仕方ありません。..この次に会う時は、ゆっくり出来るといいですね。」
彰は言い聞かせるように、そう言った。
その後、ふたりは大型ショッピングセンターに行き、小百合の服や小物を見てあげたり、フードコーナーでスイーツを食べ、中華屋で海老の天津丼や小籠包などを食べた。
やがて夜になり、彰は駅まで小百合を送ると、車から降りて握手し言った。
「また来てください。...俺も会いに行きます。...これで最後なんて嫌ですよ?」
すると小百合は「ありがとうございます。またお会いしましょう!...今日は本当に楽しかったです!お土産まで頂いて、ありがとうございます。」
そう言って小百合は、お辞儀をすると彰に手を振り、駅のエスカレーターを上っていった。
小百合は最後にもう一度振り返ると、微笑んで彰に手を振った。
見送る彰は、切ない気持ちで、いっぱいだった。
エスカレーターで上まで着くと、小百合は窓口で特急の指定席券を買った。
そして椅子に座ると、小さな声で呟いた。
「彰さんに、嘘をついちゃった。...本当のことなんて言えるわけない。」
小百合の潤んだ瞳には、彰に買ってもらった貝殻のブローチが映っていた。
【次回に続く】
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