ショートストーリー1055 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

「そりゃ、どういう意味だ?...」

 

 

 

 

前田は、そう言うと煙草を灰皿で揉み消し、亜由美を見つめた。
 

 

 

 

 

カフェの窓際。。。

 

 

レースのカーテンが海風になびいて、オーロラのようだと、亜由美は思った。
 

 

 

 

 

「おい、聞いてるのか?」
 

 

 

前田は、テーブルを軽く叩くと、眉間に縦皺を作り言った。

 

 

 

 

「えっ?...聞いてるわよ。..あなたの言うことなんて、大体、想像つくわ。」

 

 

 

 

亜由美は前田と視線を合わそうとせずに、窓のほうを見つめたまま、そう答えた。
 

 

 

 

「あなたが考えてるような意味よ。...私達、もう潮時ってこと。」
 

 

 

 

「潮時?...お前が勝手に決めるな。」

 

 

亜由美の言葉に、前田は苛立ち、体をせり出すようにして言った。

 

 

 

「ふふっ(笑)...なにムキになってるの?..恋なんて片方が冷めたら終わりでしょ?..違うかしら?」

 

 

 

前田とは対照的に、亜由美は笑みを浮かべ、のんびりとした口調で、そう答えた。

 

 

 

「お前、よくそう簡単に割り切れるな?...それが7年間も付き合ってきた男にたいして言う言葉か?」

 

 

 

そう言う前田の右眉毛が、ピクリと動くのを見て、亜由美は彼の心理状態を察した。

 

 

 

「この人、相当焦ってる。...意外だわ。」
 

 

心の中で、亜由美は冷静にそう思った。
 

 

 

 

「なぁ?俺のどこがいけなかったんだ?...素直に聞くから教えてくれ。」

 

 

 

前田は珈琲をひと口飲み、心を落ち着かせると、手を膝の上に置き、真面目な顔で言った。
 

 

 

 

 

「今日に限って、なんなの?...もしかして芝居?」
 

 

 

亜由美は、そう言いたかったが我慢した。

 

 

 

 

 

「何がいけなかったか。...それは、あなたが自分の胸に手を当てて考えてみれば分かると思うわ。...大事なのは、物やお金や場所じゃなく、思いやりだってことにね。」

 

 

 

 

 

「思いやり?...俺は、いつだってお前のことを考えて、優しくしてきたつもりだ。」
 

 

 

前田は間髪入れず、そう返した。
 

 

 

 

そんな彼を見て、亜由美は落胆すると共に、最後まで繋がっていた何かが、切れたような気がした。

 

 

 

「ごちそうさま。...私、少し旅に出るから。...行き先は訊かないでね。」
 

 

 

 

亜由美は、そう言うと、ショルダーバッグを肩にかけ、席を立った。
 

 

 

 

「おい!亜由美。......」
 

 

 

前田は周りの客に、はばかることなく声を上げ、そう言ったが、亜由美は立ち止まることなく、カフェから出ていった。

 

 

 

 

 

「あいつ、ここからどうやって帰るつもりなんだ?」

 

 

前田は、そう呟くと、レジで精算を済ませ、後を追うように出ていった。

 

 

 

亜由美は、すでに海沿いの国道を、ひとりで歩き始めていた。

 

 

 

この辺りは、バスも通っておらず、最寄りのローカル線の駅まで、優に10kmはあった。

 

 

 

「あいつ、なに考えてんだ!」
 

 

 

 

前田は、そうぼやきながら自分の車に乗ると、亜由美の真横まで走らせた。

 

 

前田は車を路肩に寄せ、停車すると、助手席の窓を開け、亜由美に言った。
 

 

 

 

「乗っていけよ。...駅まで歩くと、1時間半は、かかるぞ。」

 

 

 

「いいわ。..空気も美味しいし、海風も心地いいし。...少し歩きたい気分なの。気を遣わないで。」

 

 

亜由美は、涼しい顔でそう答えると、右手を小さく挙げて「さよなら」をした。

 

 

 

「亜由美。......」
 

 

前田は、そう声を漏らすと走り去っていった。

 

 

 

 

 

遠ざかってゆく見慣れた車を見つめながら、亜由美は立ち止まったまま、呟いた。

 

 

 

「本当に私のことが大切ならば、私が断っても、車から降りて真剣に説得するはず。...結局、これが彼の本音ってこと。」

 

 

そして亜由美は、そんな男と、よく7年も続いていたなと、今さらながら不思議に思うのであった。

 

 

 

 

夕陽が水平線に沈む頃、亜由美は、ようやく小さな駅に辿り着いた。

 

 

 

 

改札を通り、黄昏色に染まるプラットホームで電車を待っていると、幼い頃に別れた父親の記憶が甦ってきた。

 

 

 

意味は分からなかったが、父親は電車に乗ると、二度と帰って来ることは無かった。

 

 

 

 

ドアが閉まる直前、まだ幼かった亜由美の髪を撫でながら、父親が言った最後の言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。

 

 

 

「いつまでも、愛しているからね。...」

 

 

その言葉の重さが、亜由美には、ようやく分かったような気がした。。。。



 

 

 

 

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