ショートストーリー647 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
簡単に別れられるような間柄じゃないことを、二人は知っていた。。。

どんなに惚れている相手でも、納得できない価値観やスタンスがある。そして信じがたい過去や行動を知ってしまった時、愛が深ければ深いほど、現実との落差が大きければ大きいほど怒りも強く込み上げてくるものだ。。。


涼しさが増してきた初秋の日曜日。。。マモルのマンションのリビングで、二人は向かい合っていた。


「エミコ...昨日の午後、確かに青山のホテルにいたよな?」


「えっ?...人違いじゃないの?私、その頃は伊豆の漁港で取材中だったわよ」


マモルは、屈託なくそう答えるエミコの瞳を、じっと見つめていた。


「エミコのやつ、俺に嘘をついている。...」

マモルは、すぐにそう思った。エミコが利用したホテルは偶然、マモルの友人がフロント係をしていた。以前エミコとマモルの友人達でバーベキューパーティをした時、友人の心にエミコの印象が強く残っていた。


それもその筈、友人にとってエミコは理想のタイプだったからである。昨夜その友人から、メールが来て、今回の疑惑が浮上したのであった。


「あいつが俺にわざわざ知らせなければ、今までどおりエミコと仲良く過ごすことができたのに...」

友人からのメールを読み終えた時、マモルは、そう思った。

「人違いだろ?」マモルは、そう何度も繰り返し友人に尋ねた。しかし容姿、声は勿論のこと、決定的だったのは、フロントでサインした名前がマモルの恋人エミコと同姓同名であったということだった。

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「昨日は本当に伊豆で仕事だってば。...そんなに疑うのなら、同行したスタッフに訊いてみたら?」

疑心暗鬼のマモルを見透かしたように、エミコはいつもと変わらない穏かな表情でそう言った。


マモルは卓上の小さなオルゴールを手に取ると、ネジを数回、回した。楽曲「エリーゼのために」が懐かしい音色と共に静かに流れ始めた。


徐々にメロディがゆっくりになり、やがてオルゴールは鳴り止んだ。

それがタイムオーバーの合図のように感じたエミコは、マモルに視線を向けると、にこやかな表情を浮かべて言った。


「マモルに証言したお友達...青山のホテルにいるんだ?..いい加減なこと言って!文句言ってやりたい気分だわ」

平常心でそう言ったエミコの瞳は、いつになく艶やかな色気を放っているようにマモルには感じられた。


「今日のエミコ、なぜか輝いて見える。...エミコに一体何があったのか?エミコの女としての本能を奮い立たせる何かが、俺の知らない何かが、きっとある。...」


そう思えば思うほど、マモルの心は燃え盛り、体は熱くなっていった。。。



マモルは、それ以上、エミコを問い詰めようとはしなかった。もし徹底的に問い詰めてしまえば、エミコという唯一無二の存在を失うような気がしたからであった。


「あいつの話が事実なら、俺はエミコを絶対に許さない。...湧き上がる怒りから、おぞましい事を考えてしまいそうになるくらいだ。...だが..たとえ事実だったとしても、もうエミコを手放すことなんて出来やしない。...」


マモルは唇を噛み締めながら、そう思っていた。そんなマモルの心を見通しているかのように、エミコは終始、穏かな表情でマモルを見つめていた。


その夜二人は、いつも以上に熱く愛を確かめ合った。。。


翌朝、玄関でマモルの出勤を見送ったエミコは、寝室に戻ると、カーテンを開けて小さな窓から外気を入れた。

木漏れ日と共に流れ込む秋の風に、エミコは目を瞑った。

額や頬を撫でては過ぎてゆく微かな風は、エミコの心の奥底にある秘密の出来事をチクリ、チクリと刺激していた。


「マモル..もう勘付いているのね。...それでも私の嘘を信じるふりをして、抱いてくれた。..きっと私、マモルの良き妻にはなれないわ。..でも私もマモルと同じ。..あなたと離れたくないの。...」


心でそう呟いたエミコの胸元が、二人の男の指先の感触を生々しく甦らせていた。。。。










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