ショートストーリー645 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
遥かなる時を経て、ようやく気がつくことがある。。。

「その時、気がついていれば、こんな事には、ならなかった。...」

しばしば人は、そんな嘆きにも似た言葉を口にし、途方に暮れる。

人は大きな過ちを犯していると自覚していながらも、欲望の下僕となり、その身を委ねてしまうことがある。

金、地位、名誉、そして男女の色恋...。


そんな欲望に駆られて、正しき道をいつの間にか踏み外し、本当に愛してくれている者を見失い、徐々に奈落の底へと堕ちてゆく。


そんな人生の摂理を知りながらも、己の欲望に従順な女がいた。。。


「愛なんて綺麗事、いつまで言ってるの?...超面白すぎるんだけど」

マナミは茶髪のロングヘアを弄りながら、キッチンでランチを調理している男に向って、そう言った。

$丸次郎「ショートストーリー」

マナミ、25歳。異常なまでに金と男に執着する派手好きな女であった。身に付けている装飾品からマンション、外車に至るまで全てが男達からの貢物であった。


マナミが甘い声でおねだりすれば、男達は惜しみなく金品を捧げた。そして、マナミのお眼鏡にかなった男達とは肉体関係を結んだ。

そんな非日常的な生活が何年も続き、いつしかマナミは、自分が選ばれし特別な存在であるかの如く思うようになっていた。


高級マンションに住むマナミは、常に日替わりで男を住まわせていた。それは、あたかも部屋の観葉植物を取り替えるような感覚であった。


マナミは、とりわけ美人という訳でもなく、どちらかと言えば、どこにでもいそうな平凡な顔立ちと雰囲気の女であった。

しかし、なぜか男達を魅了してしまう妖艶さと、ある種の毒を秘めていた。いや、毒というより媚薬とでも表現したほうがいいだろう。


毎晩、クラブやバーで見ず知らずの男達と会っては、その日のうちに何人かを連れ帰る。

淫らと言われても仕方がないようなマナミの私生活は、本人にとっては、ごく普通のライフスタイルであった。


そんなマナミを愛する男達もまた、ある意味、マナミと同じ感覚を持った者達なのである。


「ねぇ?...ランチ食べたらさぁ、帰ってくれない?」


「えっ?..あっそ。...もう、チェンジって訳?」


「YES!」


マナミはカズヤが作ったミートソースを食べながら、カズヤに視線を向けることなく、そう言った。


カズヤも、「毎度のこと」といった表情で、気を悪くする事もなく眉を上げて微笑み頷いた。


「昨夜は最高だったよ!...また呼ぶから、待っててね。..カズヤ、ありがとう」

ランチを済まし、食器を洗い終えたカズヤに背後から近づき、背中に体を密着させながらマナミがそう言うと、カズヤは振り返ってマナミを強く抱きしめ、キスをした。


「もう..もう俺に決めてくれよ。...他の男達とは手を切ってくれないか?」

マナミを独占したいという欲望が満ちてきていたカズヤは、マナミの体を確かめるように抱き擦りながら、唇を重ねつつそう言った。


マナミは何も答えず微笑むと、さらにカズヤの口を塞ぐように強くキスをした。。。


カズヤの手がマナミのスカートまで降りてきた時、マナミは唇を離し、カズヤを鋭く見つめ言った。


「もうお仕舞い!...さぁ帰って。..こういう私が嫌なら、無理に付き合ってくれなくても結構だから。..こういう私だと知ってて付き合っているんでしょ?」


「え?..ああ。..まぁ、そうだけど...」

カズヤは、お預けを言われた飼い犬のような表情をしながらそう呟くと、諦めたように頷いた。


カズヤが帰った後、マナミはドレッサーから2カラットのダイヤが埋め込まれたペンダントを取り出すと、ハンガーに掛けられた高級ブランドのブラウスに付けた。


「今夜は、これで決まり。...これを着て、アツシと何処に食事へ行こうかな?」

そう呟くとマナミは瞳を潤ませながら笑みを浮かべた。


その時、マナミの携帯が鳴り始めた。


「はい、もしもし...あ~、ケンタ。..ごめんねぇ、今夜は無理なの。うん」


やがてマナミは通話を終えると、携帯に登録してある名前の一覧から、ケンタの名前と番号を削除した。


「ケンタは、もう飽きちゃった。...事業に失敗してお金もないし、あっちも下手糞だし...」


マナミは携帯を閉じてそう呟くと、唇を閉じたまま微笑んだ。


その頃、マナミのマンション前に一台の白い外車が停車した。スモークガラスのウィンドウが静かに下りると、細いサングラスをかけた男が顔を覗かせた。


サングラスの奥にある鋭い目は、マンションの12階にあるマナミの部屋を見つめていた。


「このアマ、散々貢がせておいて、はいサヨナラはないだろ?..俺の大事な舎弟をコケにしやがって...」


男は心でそう呟くと再びウィンドウを上げ、車をマンション駐車場内の入り口付近に停めた。


男は黒いスーツの内ポケットに何かを忍ばせ、車から降りると、マナミの部屋に向って歩いていった。。。。









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