ショートストーリー375「人と人(中編③)」 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「寒い。。。窓、閉めてくる」
カナコは、嫌な気分を振り払うように言うと、バルコニーの窓を閉めて鍵を掛けた。

男は2本目の煙草を取り出すと、壁に掛けられたセーヌ川の風景画を見つめながら言った。

「なぁ、、カナコ。。俺と、もう一度やり直さねぇーか?4年前の俺は、確かに未熟でいい加減な男だったけど、今の俺ならカナコを幸せにする自信があるんだ。。。店だって軌道に乗ってきた。収入なら充分にある」

カナコは、男の言葉を聞きながらレースのカーテンをゆっくりと閉めると、溜め息を一つ、ついた。そして男のほうへ振り返ると言った。

「収入が充分にある人が、なんで私にお金を借りるの?あなたは昔から変わってない。。。聞えのいい事ばかり言って。言うことが矛盾してるから、すぐに本音がバレるのよ」

カナコには男の思惑が、なんとなく分かっていた。300万円という金の使途については語ろうとせず、自分と恋愛関係にある青木については、口滑らかに語る。。。

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「この男が欲しいものは、お金ではなく、この私なのではないか?」カナコの勘が、そう感じさせていた。

すると男は、額に手を当てながら、気まずそうに語り出した。
「300万の使い道か?。。分かった、教えるよ。。。300万円という金は、実は青木から要求されている金なんだ。。。俺達の店を、今後あらゆる事から守ってやるから出せ、と言われたんだ」


「それって....つまり、みかじめ料ってこと?」カナコは、半信半疑の面持ちで、そう訊いた。

男は、カナコの目を一瞬だけ見ると黙って頷いた。


「青木さんが、あなたの店に用心棒代を要求するなんて。。。青木さんは、青木さんは堅気の人よ!しかも社会正義を旨とするベテラン新聞記者なの!、、ありえない。。。そんなの、あなたの作り話に決まってる!」

カナコは急に立ち上がると、男を睨みつけながら大声で、そう叫んだのだった。


「だから言ったろ!青木は、サツとも裏世界とも関係のある男なんだって!今、お前が恋している男はな、表向きは温厚なベテラン記者の顔をした、悪なんだよ!」

男はテーブルを右手で強く叩くと、カナコを見上げて、そう怒鳴り返したのだった。

カナコと男の無言の睨み合いが、数秒間続いた。。。男の突き刺すような眼差しを見ていると、カナコの心の中から、徐々に疑いの念が消えてゆき、男の言葉が真実だと思えるようになっていった。。。


そんな自分の心を振り払うかのように、カナコは大きな声で男に叫んだ。

「もう帰って!早く帰ってよっ!アンタの顔なんか一生見たくない!早く帰ってぇ!」

それでも動こうとしない男を見て、カナコは、テーブルを両手で思いっきり払いのけると、男の肩を摑み、引っ張った。


すると男は、自分の肩を摑んでいるカナコの手首を強く握りながら立ち上がった。

「お前は、いつになったら目が覚めるんだ?あ?。。。青木さん、青木さんって、、、社会正義だ?新聞記者だ?。。はははっ、笑わせんじゃねーよ!権力と暴力を後ろ盾にして、表じゃ正義面して生きてるようなドブネズミ野郎じゃねーか。。。それでもお前は、まだ腹黒い青木のオッサンが好きなのかよ!?あ?!どうなんだよっ!」

カナコの腕を捻り上げながら、男は鬼気迫る表情で、そう叫んだ。

「い、痛い。。。腕を放して!腕が痛い!」カナコは、男に捻られた腕の痛みに耐えかねて叫んだ。


「じゃぁ、青木とは別れるんだな?青木と別れるなら、この腕を放してやる。。。」男は、歯を食いしばるように喋りながら、カナコの目を睨みつけていた。


カナコは男の誘導に乗らず、黙って痛みに耐え続けた。そして男の冷淡な目を見つめているうちに、視界がぼやけてゆき、だんだんと意識が遠のいてゆくのを感じた。。。

カナコは男の執拗な攻めに耐えていたが、あまりの腕の痛みに、やがて気を失ってしまった。

ただ、カナコが気を失う寸前、なにやら「ドン!ドン!」という鈍く大きな音が聞えたような気がした。

その音が、なんの音だったのか?考える間もなく気を失ってしまったのだった。。。


カナコが、ようやく意識を取り戻した時には、すでに夜の10時を回っていた。ずっとリビングの床に倒れこんでいたらしい。部屋の中は、だいぶ冷えていた。

顔を両手で擦り、目をしっかりと開けながら正面を見た時、カナコは再び大きな衝撃を受けた。

目の前に、男が倒れていたからである。。。自分の腕を捻り上げながら問い詰めていた男が、頭部から流血しながら倒れていたのだった。。。

「わ..私がやったの?....そ、そんな...」

カナコの体は、寒さと恐怖、そして極度の緊張から震えていた。カナコは目を強く瞑ると、この光景が、すべて悪い夢であって欲しいと、心から祈った。。。




(次回へ続く)





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