「私の過去?あぁ~、大学時代、風俗でバイトしたりAVに出ていたこと?。。。いいわよ、別に。今さら隠すつもりもないし、いつかバレることは覚悟していたから」
カナコは、男の脅しに怖気づくこともなく、毅然とした態度でそう言った。そんなカナコの意外な反応に男は焦ったのか、イラついた口調で言った。
「分かった。じゃあ、遠慮なく青木のオッサンには伝えておくよ。お前が出演したAVを手土産に、オッサンの所へ行ってくるか。。。あはははははっ!」
マンションの壁に男の高らかな声が反響し、辺りに響いていた。男は、あえてマンションの住人に聞えるように、大きな声で喋っているようだった。
「元AV女優で風俗嬢が、したり顔で社会正義を振りかざす新聞記者なんかやっているんだから、世の中、笑っちゃうよな!。。。なぁ?カナコさん!」
「なぜ、こんな男に惚れて、結婚までしてしまったのだろう?。。。」絡んでくる男の目を見つめながら、カナコはそう思った。
過去の経歴や肩書きで人を見る人間を、嫌と言うほど見てウンザリしていた自分が、寄りにもよって同様の男に惚れてしまったことにカナコは、じくじたる思いを感じていた。
「世間から白い目で見られるのは、中学時代から慣れてる。今さら上品ぶる気なんてない。でもこの男に、私の幸せを握り潰されるのだけは耐えられない。。。」
中学2年の終わり頃から、地元のレディースチームに入り、暴走行為を繰り返しては警察に呼び出されていた過去を振り返りながら、カナコは、そう思った。
そして、男のにやけた顔を見ているうちに、カナコの心の奥底から、次第にある思いが湧きあがってきたのだった。
「ねぇ、ここで立ち話もなんだから、私の部屋に来てくれない?」カナコは、急に笑顔を浮べると、男に優しく言った。
男は、思いも寄らないカナコの言葉に細い目を丸くして、驚いたような表情を見せると、言った。
「ここで俺に騒がれるより、部屋の中で。。って魂胆か?甘く見てもらっちゃ~困るんだよなぁ。。300万の金、俺に貸すのか、貸さないのか?聞きたいのは、それだけだ」
「あ~ぁ、、せっかく奮発して一番高い有精卵を買ったのに、半分以上、割れちゃってる。。。」
カナコは、路上に落ちた二つの買い物袋を両手に摑んで持ち上げると、片方の袋の底を見つめて、そう呟いた。
そして、男に優しげな視線を投げかけると、言った。
「ねぇ、4年ぶりに私の手料理、食べていかない?お昼、まだ食べてないんでしょ?」
続けざまにカナコの口から飛び出す意外な言葉に、男の心は、徐々に揺らぎ始めていた。。。
「どうするの?友達に断りの電話を入れるようなの。早く決めてくれないかな」
いつの間にか、カナコが話の主導権を握っているかのようになっていた。男は目深にかぶった帽子を右手で上げると、カナコの目を凝視しながら小さな声で答えた。
「分かった。。。お前の部屋に行く」
するとカナコは、満面の笑みを浮べ、男の前を通ってマンションの中へと入って行った。すると男は、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、カナコの後を付いて行ったのだった。。。
エレベーターで10階フロアに降りると、カナコはユミコの携帯に電話を掛け、急用が出来たと言い、訪問を断ったのだった。
「女友達より、俺を優先するなんて、お前、だいぶ自分に正直になってきたな。あはははっ」気分が良かったのか、男は嬉しそうな表情で、そう言った。
カナコは、そんな男の言葉に、何も答えなかった。。。
「どうぞ、奥のソファーに座って。。。」カナコは部屋のドアを開けると、男にそう告げた。
「だいぶ模様替えしたんだな?俺の痕跡が、一つもねぇ~や。。そりゃそうか、別れて4年も経つんだからな」
カナコが大好きな南仏プロヴァンスをイメージした部屋を見渡しながら、男は笑顔でそう言った。
その日の深夜、青木の携帯に掛かってきたカナコからの電話。。。そこには、カナコの悲痛な声が響いていた。
「青木さん、、わ、私、、、大変なことをしてしまったの。。。」
「カナコ君、どうしたんだ?何があったんだい?」
「私、、私この手で、この手で....あああっ!」
カナコの声は、明らかに尋常ではなかった。青木は、カナコの声から、ただならぬ事態が起きてしまったことを感じ取っていた。
「とにかく、今から君のマンションに向うから!」青木は、逸る気持ちを抑えながら、そう言うと、車のキーを手に、家を飛び出していった。
二階の窓には、そんな青木の姿を冷めた眼差しで見つめる息子の姿があった。。。
マンションの自室。。カナコはシェードランプの、ほのかな光が射す床に座り込み、目の前に横たわっている男の背中を、虚ろな眼差しで呆然と見つめていた。。。。
(次回へ続く)
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