ショートストーリー328 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「この俺が、どんな女にでも惚れちまうような、そんな男に見えるか?」

10月とは思えない、灼熱の陽射しが照りつける午後。。。海沿いに建つ貸しコテージのテラスで、ロッキングチェアに揺られながら、トモキが呟いた。

「そんなこと、、、誰も言ってないじゃない?すぐ怒るんだから...」海側のガラス扉を全開にした部屋の中で、ソファーに座っているミナコが、カタログ雑誌をめくりながら言い返した。

$丸次郎「ショートストーリー」

トモキの視線の遥か先にある上空の薄い雲たちが、海とも空とも見分けがつかない濃いブルーの中を、ゆっくりと漂っていた。

「今、俺とミナコが抱えている問題の結論は、きっと、ずっと先にあるんだよ。。。それを俺達は、いつも自分達に都合がいいように、早急に答えを出そうとしている。。そんな気がするんだ」

トモキの瞳に映る青空が、そう語った瞬間、少しだけモノクロに変わったように見えた。


「そうかもね...しかも、その答えが、たった一つとは限らないわ。。。答えは、きっと幾つもあって、それぞれが異なる形をしている...そう思うの」

カタログ雑誌に踊るモデル達を、儚げに見つめながら、ミナコは言った。そして何も答えないトモキに向かって、今度は声を少し大きくして続けた。

「この世に、男と女がいる限り、きっと永遠に解けない謎なのかもね。。。ひと言で愛って言っても、数え切れない種類の愛が、人の数だけ存在しているのよ。きっと」


すると珍しく無風状態だったテラスに、海側から潮風が突風のように吹き込んできた。思わず、手で目を覆うトモキ。それを見たミナコは、カタログ雑誌をテーブルに置いてキッチンへと歩いていった。

「別に、あなたが誰と、どこで会おうが、私は構わない。。。お互い、いい大人なんだし。。。結局は相手を信じてあげることしかないのよね」

ジューサーに入れるオレンジをナイフで切りながら、ミナコは自問自答するように言った。

その言葉に、何のリアクションも示さないトモキの後ろ姿を見ながら、ミナコは、深い溜め息を一つ、ついた。

ミナコが、アボカドの皮を剥いていると、トモキは、ロッキングチェアから体を起こして、伸びをしながら言った。

「あ~~~っ、俺さ、ミナコに内緒にしていることが、たっくさ~んあるんだよね。聞きたい?」

その言葉を聞いた時、アボカドの皮を剥くミナコの手がピタリと止まった。。。そして、ミナコは真一文字に閉じた唇を微かに震わせながら、トモキのほうを見た。

ミナコに背中を向けていたトモキは、ゆっくり立ち上がると、潮風になびく髪を右手で抑えながら振り向いた。

キッチンから注がれるミナコの熱く厳しい眼差しを、テラスのトモキは、涼しげな眼差しで受け止めた。

どちらが、先に言葉を切り出すのか。。。それによって、これからの二人の行方さえも変わってゆくような、そんな異様な空気が辺りを支配していた。。。


「今まで、せっかく内緒にしておいたんだから、内緒のままでいいんじゃない?」異様な空気を断ち切るように、ミナコが明るい声で言った。ミナコのほうが、トモキよりも数段上だった。大人だった。。。

トモキは、ミナコが話に噛み付いてくると思っていた。もっと自分に対して、感情的になって詮索してくると思っていた。それが全く逆の反応であったことに、ある種の虚しさと苛立ちを覚えていた。


「さっ、ミックスジュースが出来たわよ~!今日はバナナとハチミツも入れてみたの。。。」
ミナコは、まるで何もなかったかのように、爽やかな口調でトモキに声を掛けた。

「あ、うん。。。ありがとぅ....」さっきまでの余裕のある仕草が影を潜め、静かに返事をしたトモキ。それは、まるで大人の姉に、ちょっかいを出したものの、軽くいなされてしまった幼い弟のような光景であった。

白いテーブルに、向かい合って座る二人。中央に置かれたピンクとオレンジのガーベラの花が、互いの瞳に映っていた。

「バナナを入れると、味が少し、くどい感じだね。もう少し、サッパリ味になるかと思ったけど」ミナコが一口飲んで、そう呟いた。

「そうかな。。。俺は全然くどく感じないけれど。。。美味しいよ」いつもより、背筋を伸ばして姿勢正しく椅子に座るトモキが、真面目な表情で、そう答えた。

「そう。。。トモキは、もっと、くどいほうが好みなんじゃない?しつこいのが....ねぇ?」おどけたような表情で、ミナコが言った。

ミナコが言っているのは、ジュースの味のことではなく、トモキの好きな女性のタイプに掛けた皮肉であることを、すぐにトモキは感じ取っていた。

トモキはグラスを口に当てたまま、ミナコを一瞬見つめると、ミックスジュースを一気に飲み干した。

「やけになったの?」ミナコが目を丸くして、少し微笑みながら訊いた。

「いや、別に。。。うまいから、一気飲みした!このジュースうまい!もう一杯!」トモキは、少し痩せ我慢をしているような表情でそう言うと、空になったグラスをミナコに差し出した。


「なんか、そういうCM、昔あったよね。。。あ、あれは、マズイ、もう一杯!だっけ?あはははっ(笑)」今日、コテージに来て初めて、ミナコが大きな声で笑った。


そんなミナコを見ていたら、トモキも、やっぱり嬉しくなった。。。こんな些細で小さな喜びや共感の積み重ねが、やがて太い絆になるのだと、トモキは感じた。


「トモキを、信じるしかない。一緒にいる以上は、信じる他にない。。。」ミナコは笑いながら、そう思っていた。

「ミナコ、俺は、マジでミナコだけを愛しているんだ。。。誤解を与えてごめんな」トモキも微笑みながら、そう思っていた。


互いに、口に出して言ってしまえば、それで解決できてしまいそうなのに、なぜか言えずにいる二人だった。。。。


その時、沖合いの上空を飛ぶ二羽のカモメが、太陽と重なって光の中に溶けていくように消えていった。。。。





懐かしのヒットナンバー
山下達郎  「Ride on Time」