丸次郎 「ショート・ストーリー」

 
🔸現在、連載物は以下8作品になります。

下記タイトルをクリックすると、ご覧になれます。


『時を越え』(全3話)

平成22年6月26日スタート

『愛たい人』(全6話)           📖       

平成22年7月18日スタート     

『探検』(全2話)              🐎

平成22年10月11日スタート

『人と人』(全11話)                  
平成22年12月2日スタート    

『欲日の黄昏』(全19話)       

平成23年4月3日スタート

『マシンと俺と彼女』(全6話)
平成23年8月22日スタート

『恋・・・のような』(全46話)         🌲
平成24年11月8日スタート

『彷徨える未練』(全77話)      🎶 

平成26年3月22日スタート

翌日の午後、約束したとおり、茅葺五郎の経営するモデル事務所を訪れた和夫は、名刺に記されていたビルの7階にあるオフィスのドアをノックした。

 

わりと大きな事務所であった。

 

事務員らしき女性が対応し、和夫は、すぐに応接室に通された。

 

待つこと、10分。

 

スーツ姿の五郎が現れ、手短に用件を話してきた。

 

「つまり、この私さえ良ければ、この事務所で採用したいってことですか?」

 

あまりの急な展開に和夫はキョトンとした顔で、そう訊いた。

 

「まぁ、そういうことだ。ただ、この事務所でというよりも、ゆくゆくは新会社の代表になってもらいたいんだ。」

 

和夫は驚きの連続で、何が何だか分からなくなっていた。

 

「先輩、俺は、まともに会社勤めしたこともないフーテンですよ。なぜ、そんな俺を採用するのですか?」

 

そんな和夫の問いかけに、五郎は、単刀直入に答えた。

 

「理由なんて簡単だ。私の夢の実現には、お前の力が必要だからさ。」

 

五郎は、そういうと右手を差し出し、握手を促した。

 

和夫は、五郎の勢いに飲み込まれるように思わず手を差し出し、固く握手を交わした。

 

「よし!これで契約成立だ!...詳しいことは書面に目を通してくれ。そこにサインをくれれば晴れてお前は、うちの正社員だ!」

 

五郎は、そう言うと、次の仕事へと出かけていった。

 

事務員から就業規則などの書類を貰い、30分ほどで会社をあとにすると、ビルの前の歩道で和夫は事務所を見上げた。

 

ため息混じりの欠伸をしたあと、和夫はカバンを手に、街の中を彷徨った。

 

「これでいいのか?こんなんでいいのか?」

 

それは満足とも幸福とも違う、違和感と不安に満ちた感情であった。

 

公園の木立のベンチで缶コーヒーを飲みながら、法子のことを思い出す和夫。

 

その苦い別れのシーンが、コーヒーを、一層ほろ苦くさせた。

 

ブランコで一人遊ぶ男の子の姿が、遠い過去の自分と重なって見えた。

ブランコの斜め下に出来る小さな孤独の影は、何十年経った今の自分の影と同様、大きさこそ違えど、その濃さは変わっていない。和夫は、そう思った。

 

「期待なんてされても困るんだ。そもそも自分に期待なんていう窮屈なもの、していないんだから。」

 

空き缶を足で踏みつぶし、ごみ入れに投げ入れると、和夫は、ブランコの子供に手を振って、夕暮れのアスファルトに消えていった。

 

 

つづく

 

 

 

 

懐かしのヒットナンバー

国安わたる   「追いかけて」

 

「私と縒りを戻したい?今さら何を言い出すの?」

 

 

カフェの2階席で小春日和の陽光を右頬に浴びた法子が、怪訝そうな目つきでそう言った。

 

「分かっている。俺の身勝手な我儘だと。...それでも俺には法子が必要なんだ。法子以外に俺の心を癒す女はいないんだ。」

 

和夫の言葉に法子はカチンときたが、黙って平静を保って聞いていた。

 

 

「私、暇じゃないの。...もう行かなくちゃ。...お代は、ここに置いておくから。..私は私の人生を生きたいだけ。あなたも早く私のことは忘れて自分の人生を見つけてね。それじゃ、さよなら。」

 

 

そう言うと法子は席を立ち、オリーブ色のコートを羽織って店を出ていった。

 

 

和夫は予期していたとはいえ、呆然とした面持ちで煙草を取り出すと、窓の外で風にそよぐプラタナスの街路樹を、しばらくの間、見つめていた。

 

 

それから3ヵ月ほどの月日が流れ、和夫は少しずつ失恋から立ち直ろうとしていた。

 

そんな矢先、昼休みで画廊に佇んでいた和夫の携帯が鳴り始めた。

 

「もしもし。...えっ?先輩!今、どこですか?...ええ、はい!分かりました。すぐ向かいます!」

 

そう言って電話を切ると、和夫は画廊を出て、外人客で賑わう大通り沿いの歩道を走り始めた。

やがて5分ほどで商業ビルのラウンジに入ると、懐かしい顔に思わず、ほころんだ。

 

「お~!久しぶりじゃないか!和夫、おまえだいぶ貫禄ついたな!」

 

そう出迎えてくれたのは大学時代の探検サークルで先輩だった茅葺五郎であった。

 

五郎は卒業後、大手出版社に勤務していたが、組織の不条理な人事に納得がいかず退社。

 

その後、ベトナムのハノイで日本料理店を経営しながら現地で市議会議員になり、今は帰国してモデル事務所を手掛けていた。

 

そんな、やり手の五郎を羨望の眼差しで見つめる和夫であった。

 

 

「なんだ、お前、小さな画廊で働いているのか。...勿体ないなぁ。...お前ほどの器量と才能なら、会社の一つも経営できるだろうに。どうだ?お前さえ良ければ、俺の会社に来ないか?幹部候補として採用するよ。」

 

思いも寄らぬ五郎の言葉に、和夫は天にも舞い上がるような気分になった。

 

「ほんとですか!?...それなら是非、前向きに考えさせてもらいます!」

 

今の和夫に、迷いは無かった。

 

「よ~し!そうと決まれば善は急げだ。もし都合が良ければ、明日の午後にでも俺の会社に来てほしい。すまん、すまん!これがうちの会社だ。」

 

五郎は上機嫌でそう言うと、自分の名刺を取り出し、和夫に差し出した。

 

「代表取締役社長 茅葺五郎」

 

そう書かれた名刺を受け取ると、和夫は「必ず、必ず明日、伺いますから!」と目を輝かせて答えた。

 

五郎と別れたあと、和夫はジャンパーのポケットに手を突っ込み、新芽が出始めたばかりの並木道を歩いた。

 

 

 

頬を打つ風は、まだ冷たかったが、確実に何かが変わり始めているような悦びを、和夫は感じていた。

 

 

 

 つづく

 

 

 

懐かしのヒットナンバー

松田聖子   「チェリーブラッサム」

 

由美は大学の講義を受け終えると、正門前でタクシーを拾い、赤坂のレストランに向かった。

 

まだ陽射しは高く、冬にしては風ひとつない穏やかな小春日和の木曜日だった。

 

向かっているホテルのラウンジには、旧知の仲である真理子が待っている。

 

真理子は故郷の熊本で高校教師をしているが、今回、夫の単身赴任先である東京にやって来たついでに由美と会うことになった。

 

かれこれ20年ぶりの再会とあって、互いに少し緊張していた。

 

いまだ独身を貫いている由美は、故郷の福岡から上京して早30年が経ち、すっかり東京の人間になっていた。

ホテルのロビー前にタクシーが停まると、由美は、どことなく落ち着かない気持ちで車を降りた。

 

結婚し、3人の子供を持つ真理子は、由美と過ごした高校時代よりも、見た目が、だいぶ変わっていた。

 

それは真理子の歩んできた人生の歴史であり、大なり小なり誰もが時と共に変化していくのは当然のことである。

 

真理子は、すぐに由美の存在に気がついた。

高校時代と変わらぬプロポーションに、洗練されたスタイリッシュな装い。

 

真理子は、手を挙げて合図しようとする手を、なかなか挙げることが出来なかった。

 

それは、由美に比べて今の自分は...という劣等感から来ている戸惑いの表れでもあった。

 

そんな真理子と目が合った由美は、すぐに笑みを浮かべ、手を振って歩いて来た。

 

「久しぶり~~!真理子、元気だった~?変わってないね~!」

 

意外な言葉が由美の口から発せられ、真理子は、ちょっぴり嬉しくもあり、恥ずかしくも思った。

 

「嘘、嘘!(笑)...変わりすぎて気づいてもらえないと思ってたよ~!体型も、だいぶ貫禄ついたでしょ?」

 

屈託のない笑顔でそう言う真理子に、由美は、「そんなことないよ~!すっごく、カワイイよ!」と喜んでくれた。

 

「ジャズ歌手として頑張っているなんて、ビックリしちゃった。...」

 

互いに近況を語り合い、真理子がそう言った。

 

「春ぐらいには3枚目のアルバムがリリースされる予定なの。真理子にも聴いてもらいたいなぁ~!」

 

「もちろん、聴く!聴く!...レコード屋さんに行って、すぐ予約するからね!」

 

そう真理子が言うと、「私たちって、まだまだ頭の中は昭和なのよねぇ~」と言って笑った。

 

真理子は夫の話しや自分のことは話すが、子供のことには触れなかった。

 

それは、独身でいる由美に気を遣ってのことであった。

 

由美は、そんな真理子の気遣いを感じていたからこそ、自分から子育てのことやらを訊いた。

 

「そうなんだ~...上のお子さん、もう高校生なんだね~。...反抗期とか大変だった?」

 

由美は興味深そうに、いろいろ訊いてきた。

 

そして、「真理子は立派だね。旦那さんがいない中で、3人のお子さんを、ちゃんと育てているんだもの。私なんて自分のことさえ、うまく管理できないのに。」と言って苦笑いした。

 

「それでいいの。私だって由美と同じ。...でも、なんとか育ってくれてる。そんな子供たちに感謝しているの!」

 

そう答えた真理子が由美には、眩しく見えた。

 

次回の再会は、春の福岡ライブの時にと約束をした二人。

 

帰りの飛行機の中で、バッグから取り出した2枚のCD。

 

由美がお土産にくれた、自分のファーストアルバムと、セカンドアルバム。

 

そのCDをイヤホンで聴きながら、遥か空の下に消えてゆく、大都会を窓から見つめ、由美は、小さく「ありがとう...。」と、呟いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

懐かしのヒットナンバー

松田聖子         「Canary」