個人の思い描く『美』というものは必ずしも世間と同じではない。

万人に受け入れられてこそ素晴らしい物だと、必ずしもそう言えるのか私は問いたいのだよ諸君。
他人の評価ばかり気にしていては見失ってしまうじゃないか自分の美意識、世界を。自分の中に、今まで世間が評価してきたものとは違う異端なしかし明確な『美』というものが生まれたならそれは表現しなければ勿体ないと思わないか!それで世界が変わるかもしれないのだ。






しかし、他人の評価を全く気にしないのも問題があるしそれによって損をすることも多々ある。独り善がりという言葉がある様に、その一個人の独特な美を愛してくれる人間というのも居ないわけではないがごく少数であって、その少数が心強いものではあるが世の中は常に多数の評価を得られるものを大々的に一番の『美』としてきた。歴史に残るのはそこだ。



僕が悩んでいるのは今の自分はどちらを取るべきなのかと言うこと。
小さくはあるが組織の中で評価される事を選び今までどこかで目にしたと感じる美の表現をするのか

大々的に取り上げられなくても、己の信じる美を色濃く追究するのか。



もし僕の思い描く美がレディー・ガガのそれのように今までに見たことも思ったことも無いようなものであれば意思を貫く価値はある。しかし僕の思い描く美はある一定の基礎の上に成り立つものであって決して真新しい物ではない。

それを貫く価値は果たしてあるのだろうか…


僕のセンスでは世界は変えられない、そこは悲しくも明確。今の時点では。






諦めたらダメだと思うか?しかしだな、諦めなきゃいけない理由があるどうのこうのではなく、今の自分にはその力がないと、自分で分かる場合もある。理想が高ければ高く、明確である程にだ。


今の自分には無理だが数年後の自分は分からない。センスは生まれながらに持っているものではないからさ。そう思わないか?

今の僕はどちらを取るべきさ?















答えが冒頭にあるのは知ってる