過去のブログでも書いたことがあると思うけれど、僕がギターを始めたきっかけは、BOØWYの布袋さんを見たときの衝撃を「自分も体験してみたい」と思ったから。

​人前でネタとして話すときは「モテたくて」と言っているけれど、あれは実は照れ隠し。
……あ、やっぱり。前書いたな(笑)
僕は小学生の頃から気が短く、物に八つ当たりしてしまうような子供だった。今で言う何かしらの病名がつくような状態だったと思う。中学の担任が父親を学校に呼び出し、その行動を指摘されたとき、父は僕にギターを買ってくれた。
​その本当の理由を知ったのは、父が亡くなり、さらに母が亡くなる少し前くらいのことだった気がする。
てっきり自分は音楽が好きな人間だと思ってこれまで生きてきたけれど、どうやらやっぱり、僕は「人」が好きなんだなと思う。音楽を深掘りすることはないし、そのルーツや音楽理論、ギターの種類や音のこだわりなんかにも、あまり興味がない。(見た目は大事だけど笑)。
​先日も地元のフェスに行ってきた。
2日間開催されていたけれど、正直ほとんど興味は持てなかった。会場で盛り上がっている人たちは素直にすごいと思う。けれど、僕にとってはどんなに良い音楽であっても、その「人」を嫌いになってしまったらもうそこで終わり。これも過去に書いたかもしれないけれど、同じバンドが好きでも仲良くできない人種だっている。
​良い曲を作れるわけでもないし、ギターが特別上手いわけでもない。
それでもなんとなく今も弾いているし、昔買ったバンドスコアを開いて、当時は弾けなかったフレーズが少し弾けるようになるとやっぱり嬉しい。
​◇
​シルバーウィークを利用して、久しぶりにメンバーのvienと会った。
どうやら4年ちょうどぶりくらいの再会だったらしい。
​2人でご飯を食べて、広場でいろんな話をした。vienの話は相変わらず面白くて、お腹がちぎれるくらい笑った。本当に楽しい時間だった。
​その席で、vienから『成瀬は天下を取りに行く』という本を薦められた。
最近はゲームばかりしていたんで、解散してから本屋に寄り、買って読んでみた。
​読んだ後、なんだかすごく腑に落ちた気がした。
主人公の成瀬と、その友達である島崎の関係性は、誰にでも当てはまるものかもしれない。僕とvienの関係も、まさにそうだったのだと思う。どちらがどちらの役というわけではなく、気分や年齢、立場によって移り変わる人生の中で、誰もが通りかかる大切な関係性だ。
そして、彼女たちを取り巻く周りの人たち。僕たちが気づいていないだけで、自分たちの日常にもあんなエピソードがたくさんあったのかもしれない…そう思わせてくれる作品だった。
​作中の2人が漫才コンビを組んだように、僕たちはバンドを組んだ。
お笑いが好きかどうかよりもチャレンジすることを選ぶ成瀬と、それを一番近くで見届ける役を選んだ島崎。
当時バンドがやりたかったvienと、目立ちたがり屋で引っ込み思案だけど、ギターなら弾けた僕。
​2人の関係性と、自分たちの姿が重なる。
物語の後半、成瀬が島崎から「引っ越す」と告げられ、当たり前にそばにいた存在がいなくなる時の、あの不安定な感情。
成瀬は結局、島崎と一緒にいたかったんだろうなと思う。
そして僕も、vienと楽しく話していたあの時間こそが、音を鳴らしている時間よりも大切だったんだなと、改めて痛感した。

実は以前、「またバンドやろうよ」と僕が言った事があったらしい。
そのときvienは返事を曖昧にしてもうやる事はないんだろうな、と思っていたみたい。僕も寂しくなった事は覚えている。

​けれど、この日、vienの口から出たのは「またなんかやろう」という言葉だった。
​バンドなのか、それとも全く違う何か(お笑いでも何でもいい笑)なのかは分からない。
でも、あのvienが、自分からそう言ってくれた。
​それが、たまらなく嬉しかった。
​音楽が好きでギターを弾いているかもわからない。
上手いわけでもない。
それでも僕がギターを持ち続けていたのは、結局こういう「大好きな人と繋がっていたい」という感情が根っこにあったからなんだと思う。
成瀬と島崎みたいに、環境や立場が変わっても、僕たちの関係は形を変えて続いていく。今後が楽しみになった。

少し前の話になりますが、不二羽島文化センターで神田伯山さんの講談があるということで、思い切って行ってきました!

​出演は伯山さんの師匠で人間国宝の神田松鯉さんとそのお弟子さん、さらに伯山さんのお弟子さんを含めた計4人。

実はその日夜勤だったので、「何時に終わるんだろう? 仕事に間に合うかな…」と、ちょっとハラハラしながらの鑑賞でした。

​◇ 沼落ちのきっかけは『演芸グランドスラム』

​昔演劇部にいたこともあり、落語には少し興味があったものの、講談のことは全く知りませんでした。

​最初の出会いはテレビの『演芸グランドスラム』。「いい声してるなぁ、若くてスリムでかっこいいな」というのが松之丞(現・伯山)さんの第一印象です。

そこからメディアで見かけるたびに「この人面白いな」に変わり、ラジオを聴いて「えっ、こんな人なの!?」と完全にノックアウト(笑)。

あれよあれよと伯山を襲名され今に至りますが、生の伯山さんを見られる機会なんて逃せません。

​◇ 名物「マナー呼びかけ」に密かにニヤニヤ

​伯山さんといえば、有名なのが「客席の携帯音問題」。

会場に入ると、「携帯電話の電源はお切りください」のプラカードを持ったスタッフさんが4〜5人も回っていて、「これか!」と思わずニヤニヤしてしまいました。

​スタッフのお姉さんも「鳴ったら(伯山さんが)帰っちゃうんで、すみません〜」と言いながら、お年寄りの携帯の電源を切ってあげていたり、前座の青之丞さんも「携帯と音の鳴る時計は切ってください」とアナウンスしていたり。会場全体に良い意味での緊張感がありました。

​◇ 生で聴く「声の表情」とプロの凄み

​歴史も詳しくないし講談も初心者なので心配でしたが、結果……めちゃくちゃ面白かったです!

​上手い・下手なんて詳しいことは分かりませんが、とにかく声がいい。ラジオとは全然違う「声の表情」があって、おもしろい方向にも振れるし、泣かせる話もできる。もともとファンですが、生の表現力を目の当たりにしてさらに魅了されました。

​そして、師匠である人間国宝・神田松鯉さんの高座にも感動しました。

フリートークの時は少しお年の影響か滑舌が怪しい場面もあったのですが、本編に入った瞬間、まるでCDを再生したかのようにスラスラと言葉が飛び出し、声のトーンもワントーン上がったんです。何十年も磨き続けたプロの技に、「これが人間国宝なのか…!」と素人ながら鳥肌が立ちました。

​伯山さんと青之丞さんが定番の「いいところではございますが、お時間となりましたので…」というお決まりの下げで笑いを取っていたのですが、松鯉さんも「自分も若い頃、次も来てほしくてよくやったよ」と途中で挟んできて、気持ちの若さと粋な遊び心に「さすがだなあ」と脱帽です。

​ラジオでおなじみの青之丞さんも、見た目が可愛らしい印象で、若い声がこれから年月をかけてどう深まっていくのか将来が楽しみになりました。

​◇ 本物に触れるということ

​心配していた携帯や時計の音が鳴ることも一切なく、無事に終演。

心の中で「岐阜県民、えらいぞ!!」と全員をほめたたえました(笑)。

終演も16:30頃だったので、ハラハラしていた仕事にも余裕で間に合って一安心です。

地元の文化センターのアンケート用紙にも、しっかり「今後呼んでほしい人:神田伯山」と書いたので、来てくれるといいなぁ。

​やっぱり「本物」を生で見るというのは、自分の感性をグッと引き上げてくれますね。最高の経験になりました!

最近ポッドキャストで『安住紳一郎の日曜天国』『問わず語りの神田伯山』『大久保佳代子のラブぶらラブ』をよく聴いてます。

どれも令和のこの時代にしては、なかなか攻めた内容だと思う。(日天は過激というか平和に尖っているけれど)安住さんも「伯山さんのラジオを聴いた後は発言が少し過激になる」と言っていたし、プロ同士でも影響を与え合っているのだろう。
正直「よく打ち切られずに続いてるな(笑)」と思うし、終わったら生活の楽しみが消えるレベルで困るんです。
みんな表では取り繕っているだけで、人間の本音や好きなものなんて時代が変わってもそう変わらないのかもしれないなぁ。と。
だからといって、僕がここで自分の本音をそのまま書くと「なんだこいつは?」と思われるだけでしょう。僕が全く知らないYouTuberを見てそう思うように、やっぱり人間「認知度」と「愛嬌」がすべてなのだと思う。
​……という前置きをした上で、さっそく僕の本音(偏見)をひとつ。
壊れたステレオを直すためにDIY系のYouTubeをよく見るんですが、「笑い声が気に触る人」と、CDのことを「しーでぇー」と言うおじさんのチャンネルだけはどうしても見続けられない。
​同世代として、おじさんがおじさん独自のユーモアを突き通す姿には敬意を払いたい。ただ、僕がそれに耐えられるのは3回まで。それ以上はただの苦痛になってしまう。
​とはいえ、おかげでステレオは無事に直りました。
お世話になりました。本当に感謝しています(笑)。