広島・長崎の原爆式典も終わり・・。

日本で一番暑い夏の翌日8月15日はポツダム宣言受諾を国民に知らしめた終戦記念日。

9月2日は受諾した事を書面で確認する事に依って連合軍の占領下に置かれた日(>_<)

※画像は借り物です。

その翌年だったかしら、原子爆弾の被害状況が初めて全国紙で報道されたとか。

然し、連合国(占領軍)は原爆被害の記事を載せない様に報道規制を行ったのだと。

NHKの歴史探偵【消えた原子爆弾】・・・・。

昭和20年、広島と長崎に投下され多くの被害を出した原子爆弾。

実は戦後6年間、被害の詳細を報じることが禁じられた時代があった。

調査から見えてきたのはGHQが仕掛けた巧妙な情報統制。

大国の思惑でメディアは報道の自由を手放さざるを得なかった。

真相が明らかにされたきっかけは学生たちの奮闘。

被害の実態を伝えようと「原爆展」の開催を試みる。

原爆被害の真実はなぜ隠され、どのように明らかにされたのか徹底調査する。

はい、日本が連合軍に占領されてた時代に生まれた私メでゴザイマス。

小学校高学年の頃に原子爆弾の恐ろしさを近所の悪ガキ先輩に教えられたわけですが・・・。

原子病は感染するとか原子爆弾で原子人が生まれたとかガセを聞かされておりましたね。

中学生になると『そんなモノあるわけナイわ~』・・・と。

何はともあれ。

連合国側の報道機関も原爆被災地に立ち入る事を規制したのですからね~。

其の惨状を世界に発信されたら困る事もあったのでしょうな・・・知らんけど。

まあ、何もカニも文句言いませんとして講和条約を結んで占領を終えたのでしょうな。

それにしても当時のアメリカさんは酷い事をしましたね~(*_*)