(屋久島記録2のつづきです。屋久島記録1はこちら)
日が暮れる時間を正確に知っていたわけじゃないが、9月のこの時期なら7時くらいまでならなんとか明るいかなとイメージしていた。つまり、縄文杉にいる時点で4時を少しまわったくらいだけど、3時間近く歩けばある程度のところまで帰り着けるんじゃないかと思っていた。
縄文杉のところで他の人たちを連れて来ていたガイドさんに話しかけられる。「君らの顔色からしたら、ここまで来たペースで白谷まで戻られるワケが無い。もし戻れたとしたらそれは奇跡だよ。」とまで言われてしまう。確かに疲労感はあるけれど、足も痛くないし、懸念していた膝もまったくなんともない。ガイドさんは続けて言う。
「白谷に停めてある車はお金かかるかもしれないけれど、後で取りに行く事にして、トロッコ道の終点まで歩いて戻ってひとまず集落まで戻る方がいい。こんな時間から白谷に戻るなんて、ライトも持ってないのに無理だよ。」
ペラペラとあれやこれやとお節介なほどに言って来る。別にそれを悪いと思っていないし、確かにその通りかもしれない。ガイドがさらに続ける。
「トロッコ道のところまでタクシーを呼んでそのまま車のある白谷まで行けばいい。白谷は無理だって。今年になってから80人以上が骨折したり、3人ほど亡くなっているんだよ。ガイドは遭難したら、それを助けに行かなきゃならない。そうなる前に最善の方法を提案しているんだから、判ってね。」
80人以上の骨折、3人の死亡者とまで聞かされるとひるむとでも思ったのか、その話は前に別のガイドさんから聞いていたので知っている。そんな事を聞いてるうちに少しでも戻れるのにとさえ思っていた。
それはそうと、ここまで書いて来たが、まったく触れてない事柄がある。実は、今回の旅は一人旅ではない。僕の他にあと2人の3人組だったのである。そして、一人は元気で、まだまだ平気そうで、もう一人はまあ疲れてはいるだろうけど、歩けないとかじゃない。まあ、僕と同じような具合である。
僕からの提案で、タクシーは呼ぼうと。ただし、どこまで明るいうちに進めるかわからないし、とにかくトロッコ道と白谷に戻る「楠川分かれ道」まで歩いてみて、このままじゃ無理だってなったらガイドさんの言う通りにするけれど、行けると判断したら白谷に戻るかもしれないと。
元気な一人が、ガイドさんにタクシー呼びたいんで、番号教えてくださいと聞いたら、そのガイドが僕を怒らせるようなヒトコトを吐いた。
「僕は番号知らないよ。」
仮にもガイドで、仮にも僕たちに遭難したら助けに行くのは僕たちの仕事なんだからとまで宣ったその口で、タクシーを呼べばいいと偉そうに言ったその口で、あろうことか、タクシー会社の番号を知らないとはどういうこと。なんでじゃあタクシーとか平気で言える???
遭難してほしくないなら、別に携帯電話に番号入れておく事くらいできるだろうに。それすらしないで、僕は番号知らないからなんてヒトコトで片付けてしまうなんてありえへん。なんか考えられへん。
まだまだ元気な一人がタクシーの番号聞いてかけてくるわーと言ってガサゴソしているうちに、無性に腹が立った僕と、元気なくなりかけてる一人の2人で一足先に縄文杉を後にする事にした。
縄文杉からの帰り道は、
縄文杉⇒ウィルソン株⇒トロッコ道⇒楠川分かれ道⇒ここで時間によって白谷もしくは、荒川というトロッコ終点を選ぶ。
というような計画にした。
ひとまず、楠川分かれ道に6時前後なら、7時までの1時間で整備された道付近まで戻ることができるはず。そうすれば真っ暗だろうが、歩くのに危険は低いはず。と考えた。
まずは、ウィルソン株に向けて歩き始める。さっきまで必死に登って来た道を今度は降りるだけなのだが、降りる方が体力も居るし、大変。大変だが、ここらへんで時間をつぶしているヒマはないので、黙々と歩き続ける。
もうすぐウィルソンかなあというとき、僕よりも少し後ろを歩いていたはずの一人から名前を呼ばれた気がする。なにかあったのか判らないのでしばしその場で立ちすくんでいると、再び名前を呼ばれる。せっかく降りた道をほんの少し戻ってみると、山の段差にカラダをうずめて僕に言う。
「うごかれへん。足に力がはいらへんし、手の力もグーでけへんくらい入れへんねん・・・」
最初、冗談かと思ったのだが、立たせようとしても、足が筋肉弛緩症のようにダルダルになり、手も冷たくなっている。
これはやばい、直感で思うも、道幅の狭い山道、担いで下に行くにも無理っぽい。糖分とかエネルギーが足りてないのかと思い、お昼に残しておいたオニギリを食べさせる。
もぐもぐ。
少し元気になった気がする。続いて、昨日おばあちゃんにもらったピーナッツクリームクッキーを与えてみる。
ポリポリ。
おぉ、元気が戻って来たかも。ひとまずじゃんけんしてみると、力強くグーを出して来た。これはなんとかなりそうだ。
ポリポリ。
どれくらい食べたのか、どうやら空腹と、急激な運動によるものだろう。しょうがないので、リュックは僕が背負い、手ぶらで山を降ろす事にした。うむぅ、ここで時間使っちゃったので、白谷には戻られないかもしれないなあ。
なんて事を思っているうちに、ウィルソン株を通り抜け、気づけばトロッコ道へ戻って来た。あとはしばらく平坦な道を歩き続けるだけ。さっきまでぐったりしていたのに、トロッコ道ではスタスタと歩けている。どうやら、完全に調子が戻って来たみたいである。
トロッコ道を驚異的なスピードで戻り、楠川分かれ道へと辿り着いた。予定では、この時点で6時前後のはずだが。。。。と思って時計を見ると、これまた見事に6時。なんとアクシデントがあったにも関わらず、トロッコ道で時間短縮ができたようである。
これなら1時間あれば白谷の整備されたエリアまで戻れる。
山に向かって、一礼して、今朝ぐんぐん下って来た山道を今度は逆に登って行く。さっきまでと山が異なるせいか、山の質が全然違う。そして、下って来るときに感じた感覚と、それを登って行くのも全然感じが違う。
一歩ずつ、前に前にと進んで行く。ほんの少し、日が傾いて来たような気がする。
とにかく前に進まなければならない。
ほんのり薄暗くなってきたときに、少し前にぐったりしていた人間が、今度は階段をふみはずして尻餅をついてしまうという、なんとも残念なアクシデント。
歩けない、一歩が痛い、を何度も言われるが、ここまで来て戻るのも無理だし、進むしか無いという僕の主張を聞いて、無理矢理にでも前に進ませる事にした。ただまあ、どう観ても辛そうだし、かわいそうではあるけれど、あきらめるという選択肢が無い以上、がんばってもらうしかない。
7時を廻る。本格的にうすぐらくなってきたので、携帯電話を懐中電灯がわりにしましょうということで、それをセッティングしてみる。そして、顔を上にあげた時、僕の目の前に飛び込んで来たのは…
・・・真っ暗な闇だった。
元々、暗闇が嫌いで、行動範囲が狭められる環境も嫌いな僕は、この時点でかなりアウトである。そのうえ、野生の鹿が啼いてるのか、サルが吠えているのか判らないが、なんだか不気味な生き物の声が聞こえてくる。日が暮れたら動物の時間帯になってしまう。
携帯電話の明かりが弱い。どうにもカメラのフラッシュを点けっぱなしにするという方法がわからない。慌てているし、ドキドキしているので、落ち着いて操作を調べてる余裕なんてどこにも無い。
ドコモの携帯はあきらめ、もう一つのiPhoneだけで照明にする。まあ、これもライトの点け方が判らないので、カメラで暗闇を撮影した時のフラッシュで方向を見定め、画面の明かりで足下を照らしながら少しずつ、ほんの少しずつ歩いていく。
一歩が極端に小さくなった。
だが、確実に前には進んでいるので、このペースだったとしてもひたすら繰り返せば白谷の整備されたところまでは行けるはず。それだけを信じて、のろのろと前に進んでいく。
ギャーギャーと変な鳴き声が聞こえたりするなか、真っ暗闇をおそらく1時間近く歩いたような気がする。気がするだけで本当は30分くらいだったかもしれない。もう時計も見えないのでなんにもわからない。
目の前に、橋が見えた。
この橋の向こうが整備された白谷の散歩道である。ああ、もう大丈夫だ。遭難しなくて済んだ。事故にならなくて済んだ。そう思った時、ドコモの携帯が鳴り響いた。
一足先に帰っていた友人から電話だった。ずーっと心配してかけていてくれたらしいのだが、こちらがずーっと圏外だったので、ようやくつながったと向こうでホッとした声が聞こえる。
こちらの無事を伝え、もう少しで宿に戻るから、とだけ言って、最後の山道を歩いた。
何気なく空を見上げた時、満点の星空がまたたいていた。ああ、暗闇かと思ったら、空にはこれだけの星が煌めいていたのかと、星明かりではどうにもならないほど真っ暗だったけれど、気分が落ち着いてからのこの星空は、生まれてから見たどんな夜空よりもキレイで、感動的だった。
ああ、生きてるってこういう事なのか。
なんだかわからないけれど、感謝の気持ちでイッパイになれた。
宿に戻ってすぐに、おばあちゃんのところへ行って、無事に帰ってきましたよーって伝えにいった。おばあちゃんのお菓子が無かったらとんでもないことになっていたのかもしれないのだ。おばあちゃんは、僕たちを「あんたら無茶しすぎやで、普通そんな道でいけへんねんで!そっちは行きか帰りのどっちかで歩くだけや!」と叱ってくれた。
見知らぬおばあさんに叱られてしまったが、その叱っている顔は安堵でいっぱいだった。おばあちゃん、ありがと。
3人で、郷土料理を食べながら、ビールで乾杯した。
屋久島最後の夜はこうして更けていった。
旅の日記はこれで終わりです。
長々と駄文でしたが、最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
写真は思ったよりも枚数もあったりして公開までもう少し待ってください。(どうにも忙しいらしいです)
日が暮れる時間を正確に知っていたわけじゃないが、9月のこの時期なら7時くらいまでならなんとか明るいかなとイメージしていた。つまり、縄文杉にいる時点で4時を少しまわったくらいだけど、3時間近く歩けばある程度のところまで帰り着けるんじゃないかと思っていた。
縄文杉のところで他の人たちを連れて来ていたガイドさんに話しかけられる。「君らの顔色からしたら、ここまで来たペースで白谷まで戻られるワケが無い。もし戻れたとしたらそれは奇跡だよ。」とまで言われてしまう。確かに疲労感はあるけれど、足も痛くないし、懸念していた膝もまったくなんともない。ガイドさんは続けて言う。
「白谷に停めてある車はお金かかるかもしれないけれど、後で取りに行く事にして、トロッコ道の終点まで歩いて戻ってひとまず集落まで戻る方がいい。こんな時間から白谷に戻るなんて、ライトも持ってないのに無理だよ。」
ペラペラとあれやこれやとお節介なほどに言って来る。別にそれを悪いと思っていないし、確かにその通りかもしれない。ガイドがさらに続ける。
「トロッコ道のところまでタクシーを呼んでそのまま車のある白谷まで行けばいい。白谷は無理だって。今年になってから80人以上が骨折したり、3人ほど亡くなっているんだよ。ガイドは遭難したら、それを助けに行かなきゃならない。そうなる前に最善の方法を提案しているんだから、判ってね。」
80人以上の骨折、3人の死亡者とまで聞かされるとひるむとでも思ったのか、その話は前に別のガイドさんから聞いていたので知っている。そんな事を聞いてるうちに少しでも戻れるのにとさえ思っていた。
それはそうと、ここまで書いて来たが、まったく触れてない事柄がある。実は、今回の旅は一人旅ではない。僕の他にあと2人の3人組だったのである。そして、一人は元気で、まだまだ平気そうで、もう一人はまあ疲れてはいるだろうけど、歩けないとかじゃない。まあ、僕と同じような具合である。
僕からの提案で、タクシーは呼ぼうと。ただし、どこまで明るいうちに進めるかわからないし、とにかくトロッコ道と白谷に戻る「楠川分かれ道」まで歩いてみて、このままじゃ無理だってなったらガイドさんの言う通りにするけれど、行けると判断したら白谷に戻るかもしれないと。
元気な一人が、ガイドさんにタクシー呼びたいんで、番号教えてくださいと聞いたら、そのガイドが僕を怒らせるようなヒトコトを吐いた。
「僕は番号知らないよ。」
仮にもガイドで、仮にも僕たちに遭難したら助けに行くのは僕たちの仕事なんだからとまで宣ったその口で、タクシーを呼べばいいと偉そうに言ったその口で、あろうことか、タクシー会社の番号を知らないとはどういうこと。なんでじゃあタクシーとか平気で言える???
遭難してほしくないなら、別に携帯電話に番号入れておく事くらいできるだろうに。それすらしないで、僕は番号知らないからなんてヒトコトで片付けてしまうなんてありえへん。なんか考えられへん。
まだまだ元気な一人がタクシーの番号聞いてかけてくるわーと言ってガサゴソしているうちに、無性に腹が立った僕と、元気なくなりかけてる一人の2人で一足先に縄文杉を後にする事にした。
縄文杉からの帰り道は、
縄文杉⇒ウィルソン株⇒トロッコ道⇒楠川分かれ道⇒ここで時間によって白谷もしくは、荒川というトロッコ終点を選ぶ。
というような計画にした。
ひとまず、楠川分かれ道に6時前後なら、7時までの1時間で整備された道付近まで戻ることができるはず。そうすれば真っ暗だろうが、歩くのに危険は低いはず。と考えた。
まずは、ウィルソン株に向けて歩き始める。さっきまで必死に登って来た道を今度は降りるだけなのだが、降りる方が体力も居るし、大変。大変だが、ここらへんで時間をつぶしているヒマはないので、黙々と歩き続ける。
もうすぐウィルソンかなあというとき、僕よりも少し後ろを歩いていたはずの一人から名前を呼ばれた気がする。なにかあったのか判らないのでしばしその場で立ちすくんでいると、再び名前を呼ばれる。せっかく降りた道をほんの少し戻ってみると、山の段差にカラダをうずめて僕に言う。
「うごかれへん。足に力がはいらへんし、手の力もグーでけへんくらい入れへんねん・・・」
最初、冗談かと思ったのだが、立たせようとしても、足が筋肉弛緩症のようにダルダルになり、手も冷たくなっている。
これはやばい、直感で思うも、道幅の狭い山道、担いで下に行くにも無理っぽい。糖分とかエネルギーが足りてないのかと思い、お昼に残しておいたオニギリを食べさせる。
もぐもぐ。
少し元気になった気がする。続いて、昨日おばあちゃんにもらったピーナッツクリームクッキーを与えてみる。
ポリポリ。
おぉ、元気が戻って来たかも。ひとまずじゃんけんしてみると、力強くグーを出して来た。これはなんとかなりそうだ。
ポリポリ。
どれくらい食べたのか、どうやら空腹と、急激な運動によるものだろう。しょうがないので、リュックは僕が背負い、手ぶらで山を降ろす事にした。うむぅ、ここで時間使っちゃったので、白谷には戻られないかもしれないなあ。
なんて事を思っているうちに、ウィルソン株を通り抜け、気づけばトロッコ道へ戻って来た。あとはしばらく平坦な道を歩き続けるだけ。さっきまでぐったりしていたのに、トロッコ道ではスタスタと歩けている。どうやら、完全に調子が戻って来たみたいである。
トロッコ道を驚異的なスピードで戻り、楠川分かれ道へと辿り着いた。予定では、この時点で6時前後のはずだが。。。。と思って時計を見ると、これまた見事に6時。なんとアクシデントがあったにも関わらず、トロッコ道で時間短縮ができたようである。
これなら1時間あれば白谷の整備されたエリアまで戻れる。
山に向かって、一礼して、今朝ぐんぐん下って来た山道を今度は逆に登って行く。さっきまでと山が異なるせいか、山の質が全然違う。そして、下って来るときに感じた感覚と、それを登って行くのも全然感じが違う。
一歩ずつ、前に前にと進んで行く。ほんの少し、日が傾いて来たような気がする。
とにかく前に進まなければならない。
ほんのり薄暗くなってきたときに、少し前にぐったりしていた人間が、今度は階段をふみはずして尻餅をついてしまうという、なんとも残念なアクシデント。
歩けない、一歩が痛い、を何度も言われるが、ここまで来て戻るのも無理だし、進むしか無いという僕の主張を聞いて、無理矢理にでも前に進ませる事にした。ただまあ、どう観ても辛そうだし、かわいそうではあるけれど、あきらめるという選択肢が無い以上、がんばってもらうしかない。
7時を廻る。本格的にうすぐらくなってきたので、携帯電話を懐中電灯がわりにしましょうということで、それをセッティングしてみる。そして、顔を上にあげた時、僕の目の前に飛び込んで来たのは…
・・・真っ暗な闇だった。
元々、暗闇が嫌いで、行動範囲が狭められる環境も嫌いな僕は、この時点でかなりアウトである。そのうえ、野生の鹿が啼いてるのか、サルが吠えているのか判らないが、なんだか不気味な生き物の声が聞こえてくる。日が暮れたら動物の時間帯になってしまう。
携帯電話の明かりが弱い。どうにもカメラのフラッシュを点けっぱなしにするという方法がわからない。慌てているし、ドキドキしているので、落ち着いて操作を調べてる余裕なんてどこにも無い。
ドコモの携帯はあきらめ、もう一つのiPhoneだけで照明にする。まあ、これもライトの点け方が判らないので、カメラで暗闇を撮影した時のフラッシュで方向を見定め、画面の明かりで足下を照らしながら少しずつ、ほんの少しずつ歩いていく。
一歩が極端に小さくなった。
だが、確実に前には進んでいるので、このペースだったとしてもひたすら繰り返せば白谷の整備されたところまでは行けるはず。それだけを信じて、のろのろと前に進んでいく。
ギャーギャーと変な鳴き声が聞こえたりするなか、真っ暗闇をおそらく1時間近く歩いたような気がする。気がするだけで本当は30分くらいだったかもしれない。もう時計も見えないのでなんにもわからない。
目の前に、橋が見えた。
この橋の向こうが整備された白谷の散歩道である。ああ、もう大丈夫だ。遭難しなくて済んだ。事故にならなくて済んだ。そう思った時、ドコモの携帯が鳴り響いた。
一足先に帰っていた友人から電話だった。ずーっと心配してかけていてくれたらしいのだが、こちらがずーっと圏外だったので、ようやくつながったと向こうでホッとした声が聞こえる。
こちらの無事を伝え、もう少しで宿に戻るから、とだけ言って、最後の山道を歩いた。
何気なく空を見上げた時、満点の星空がまたたいていた。ああ、暗闇かと思ったら、空にはこれだけの星が煌めいていたのかと、星明かりではどうにもならないほど真っ暗だったけれど、気分が落ち着いてからのこの星空は、生まれてから見たどんな夜空よりもキレイで、感動的だった。
ああ、生きてるってこういう事なのか。
なんだかわからないけれど、感謝の気持ちでイッパイになれた。
宿に戻ってすぐに、おばあちゃんのところへ行って、無事に帰ってきましたよーって伝えにいった。おばあちゃんのお菓子が無かったらとんでもないことになっていたのかもしれないのだ。おばあちゃんは、僕たちを「あんたら無茶しすぎやで、普通そんな道でいけへんねんで!そっちは行きか帰りのどっちかで歩くだけや!」と叱ってくれた。
見知らぬおばあさんに叱られてしまったが、その叱っている顔は安堵でいっぱいだった。おばあちゃん、ありがと。
3人で、郷土料理を食べながら、ビールで乾杯した。
屋久島最後の夜はこうして更けていった。
旅の日記はこれで終わりです。
長々と駄文でしたが、最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
写真は思ったよりも枚数もあったりして公開までもう少し待ってください。(どうにも忙しいらしいです)
