さきほど、自宅に戻って来て、荷物を整理してちょっと落ち着きました。さてさて、何から書こうかな。まだ写真は整理できてないのだけれど、多分、今晩は無理だろうな。なんせしんどい。


旅の大まかなスケジュール
11日 大阪→夜行バスで翌朝、鹿児島へ
12日 早朝、鹿児島からフェリーで屋久島に昼到着
    レンタカーを借りて白谷雲水峡へ
    海中露天風呂
13日 縄文杉
14日 午前中はお土産タイム。お昼フェリー、鹿児島から飛行機で大阪へ


遭難しかけた話の前に…他にもたくさんあるので、ちょっと小分けにしてみます。


生まれて初めての屋久島。島の形は大きな円形で、海岸線にそって集落がある。そして円の内側は数々の山がある。縄文杉も白谷雲水峡もすべて山の中。観光に出かけるとなると車なりバイクで登山道を上って行くところが多い。


■初日

港から近い場所にあるレンタカー屋さんにて車を手配。軽自動車が全部出払っていてヴィッツにする。荷物を詰め込み、港から一番近い観光地、白谷雲水峡へ向かう。山道をとことこ走らせること40分くらい。山に囲まれた中に白谷雲水峡はある。


到着したままのスタイルだったのでサンダルのまま入ろうとしたら、受付のおばちゃんに「それはちょっとアカンのんちゃう?」って言われる。しかもどっかで手に入れたパンフレットは数年以上前のものらしく、受付に居たもう一人のおじさんに「こんな古いパンフレットどこで見つけたん?この木のコケなんてもう生えてへんで、つるつるやで~!(大爆笑)」ときたもんだ。


古いパンフレット持ったサンダル履きの34歳。多分間違いはこのへんから始まっていたのかもしれない。とりあえずそこらへんまで行くなら大丈夫やわって言われたのでそのまま新しいパンフレットをもらって白谷雲水峡をてくてく歩く。


大きな滝、整備された道は歩きやすく、まだ出番が無いと思っていたデジイチをリュックから出してバシャバシャ撮影する。滝はいいなあ。打たれたいとは思わないが、見ていると気持ちが落ち着く。


帰り道、ちょっとだけ山道を抜けて駐車場へ向かうと、野生のシカが遊んでた。お猿さんも遊んでた。野生のシカとか猿がその辺に自然に生きているような場所に来たんだなと改めて実感する。


車に戻り、1時間30分以上かかる海中温泉へ向かう。必死にがんばったら1時間弱で到着。ひっそりとあるお風呂かと思ったら、思い切り素っ裸のおじちゃんが数人プカプカと浮かんでる。海中温泉は、干潮の時だけ入ることのできる温泉で、満潮になると海に隠れてしまう時間限定の場所。


レンタカー屋さんのお姉さんが2時間くらいしか入れないから、時間があったら行くといいよ、みたいなことを言う。今日の干潮は3時40分頃。着いたのは4時過ぎ。プカプカ浮かんでたおじちゃんにその話をしたら、「今日やったら7時過ぎまでいけるで。それよりあんた見たことあるなあ、島の子か?」突っ込みどころ満載である。


7時まで入れるならこんなに必死に運転しなくても良かったんや。
ほんと、何台パスしたか判らんくらいびゅーっと走ってたのにな。
そして、僕のようなあっさりした顔の男を島の子かと聞くあたり、適当すぎて笑える。


海中温泉を満喫し、宿に戻る。途中で千尋の滝っていう心躍るネーミングの滝があるのでそこにも立ち寄る。かなり大きな滝なんだけど、展望台から見える滝までの距離が非常に遠いので、臨場感が足りない。もっと瀑布の水を浴びそうな地点から大きな滝を見たいのに。


日が暮れて来たので宿へ向かう。


荷物をおいてご飯を食べに。今回の宿は泊まるだけでご飯とかは全部どこかで食べなきゃならない。1ヶ月前に出来たばかりというモスバーガーは避けて、郷土料理を食べられるお店を聞いて食べに行く。2000円の予算で郷土料理をあれやこれやと出してもらい食す。山のもの、海のもの、どれもこれもおいしかった。ご飯屋さんのおばさんが「黒糖」を袋に入れて山に持って行き~って持たせてくれた。ええ人だ。


宿に戻る前に、ビールを買いにおばあさんが一人でやってる集落のコンビニのようなお店へ。おばあさんはマシンガンのようによくしゃべる。旦那がずーっと議員をしとるとか、ここのお店の奥を改造して立ち飲みバーしようと思ってるとか、それはもういろんな話をした。


1度宿に戻って買って来たビールを飲んでたが、足りないので、再びおばあちゃんのお店へ追加で買い出しに。またもやおばあちゃんが延々としゃべってる。「やすいビールあるで」って言って発泡酒を持ってきてくれる。「おばあちゃん、これビールやない。発泡酒や」と節子に言うように言ってみる。ここら辺ですでに酔っぱらい。


店を出るときに、おばあちゃんが、お菓子持って行き~っていって「ピーナッツクリームのお菓子」をくれた。


都会じゃ考えられないくらいあちこちでいい人がいる。そして、僕はそんなあちこちにいるいい人の優しさに支えられている。


この夜、いい人たちからもらった「黒糖」と「ピーナッツクリームのお菓子」が翌日の縄文杉で自分の命を救うほどに役に立つとはこのときはまだ微塵も思っていなかった。



そして、屋久島初日の夜は更けていった。


つづく