結局ゴールするのかどうか気になって24時間テレビの最後だけ見てしもた。。。


85キロ走ったのが実際すごいのかどうか僕には判らない。普段あんまり走ったりしなさそうだからすごいのかもしれない。


単純に、24時間で85キロだから、1時間で4キロ走れたらゴールなんて余裕でしょうって思われるかもしれないが、それは単なる計算上の話でしかない。本当にしんどいのはやった人間にしか判らないのだ。


自慢じゃないが、24時間で100キロ歩くイベントなら過去に3回くらいゴールしている。それもろくにサポートしてもらえないような状況での100キロだったから、普通にめちゃくちゃしんどい。


足が痛くなったらその痛いのを庇うようにして歩いたり走ったりしてしまうので、痛くなかったはずの足まで痛くなってしまう。マッサージされようが何か塗ろうが効果があるのはほんの一瞬で、しばらくしたらまた痛みが襲いかかってくる。


走ったり歩いたりしていて思うのは、そんな最中には決して人の事なんて考えてる余裕がないってこと。感謝の気持ちをこめながら走るとか、ありがとうをいいながら歩くとか、ほんと最初だけで、すぐに自分の前に進むっていう意識だけで精一杯脳みそが埋まってしまう。


ただ、これも歩いた人間にしかわからないので、人に伝わらない感情ってのがある。それがゴールしたときである。


ゴールしてからはサポートしてくれた人や、沿道から声をかけてくれた人、一緒に歩いた人、イベントを主催している人、そして産んでくれた親や兄弟、なんつーか自分がこれまで関わった人たちすべてに感謝の気持ちが芽生える。


僕が100キロ歩いたりするのは、最初は自分がリタイアするときにどんなしょうもない言い訳をするんだろうって思ったのがきっかけだった。足が痛いといってリタイアするんだろうか、天気が悪いといってリタイアするんだろうか、ペース配分間違えたといってリタイアするんだろうか、なんとなく辞めようと思ってリタイアするんだろうか、自分がどれくらい弱い人間か知りたかった。


結局、ほんと前に進めない状態でリタイアしたとき、ただ悔しさしか残らなかった。おかげでその後何度も歩く羽目になっちゃったんだけど、それはそれで良かったなあと思う。感謝の気持ちを持つことができたし、何より自分にとって自信につながった。


100キロも歩けば書ききれないエピソードはたくさんある。
あんた車に載せてゴールらへんまで連れてってあげよか、と全然見知らぬおばさんにナンパされたり、
雨降りで困ってるところに、全然知らんおっさんが傘くれたりとか、
ちょっと休んでいきって家に招待してくれてビール飲ませてもらったりとか、
通りがかった牧場を写真に撮ろうとしたら大量の牛が寄ってきたりとか、、、、

どうやらおっさんとおばさまと動物には好かれる性格しているらしい・・・。



最近はあきらめが早くなってきたような気がするので、またちょっと長距離歩いてみるのもいいかなとか思う。