65年前の今日、この国は戦争に見事に負けた。
終戦記念日、敗戦記念日、まあどっちでもいいが、感じ取るニュアンスはちょっと違うかな。せっかくなので、ふざけた日記ばかり書いている僕ですが、たまにはこういうのもいいかと思って、書いてみます。
65年前の8月15日。この数日前、長崎に原爆が落とされた9日の夜中に、この国の偉いさんが集まって20年5月ぐらいから連日行っていた会議に決着が着いて、長く苦しい戦争が終結することになる。
戦争が終わるまでの数ヶ月に、日本はズタボロになった戦争を終わらせるために、うごいてきた。確かに調べていけば調べるほどに、いろいろとあったのだけれど、個人的にこの出来事が大きかったかもなっていうのがいくつかある。
●沖縄本土決戦
沖縄本土での決戦は、日本軍がかなり優勢だった。とはいえ、これで戦争を勝つつもりだったのではなく、この決戦で敵に一矢報いることができたら、割りとマシな条件で戦争を終結させることができるという希望があった。
戦争は完全に負けたら多分、本当に言いなりになるしかなかったかもしれない。だけど、日本の底力を見せつける場所として沖縄があったのだとしたら、それは将来の日本のタメになることであり、僕は税金未払いの多い、失業者の多い沖縄に感謝すべきなのかもしれない。
●不可侵条約を結んでいたソ連が8月になってから攻めて来た
ソ連は戦争に参加していなかったが、5月にベルリンを陥落、満州に攻めて来る動きを見せていた。
日本は、条約を破ってまで攻めて来たソ連に対し、満州の北半分だけ与えるつもりだったが、欲深きソ連は樺太やら千島列島やらも奪い取るつもりで攻めて来た。
この後、現在まで続いている北方四島を返還の問題について、「戦争によって得られた占領地はことごとく返還せねばならない」ことと「戦争終結後にソ連が占領したこと」が事態をややこしくさせている。個人的には半分だけ返してっていう理屈はありえない話であって、戦争の流れで侵略してきたんだから4島まるごとこっちに返しやがれ、って思っている。
●涙の昭和天皇
自決しても日本のため、この国の未来のためになるのならと覚悟を決めていた人々が居たが、昭和天皇は武器すらない現状を知ってしまい、涙を流しながら、一人でも多くの国民が生きながらえて、この国の未来があるのなら、私の身はどうなってもかまわないと会議の席で涙ながらに訴えた事。
真偽は判らないが、昭和天皇が聞かされていなかった日本の窮状を知ったおかげで終戦の日が早まったのじゃないかと思っている。
もっともっと直接的な原因なり、間接的な要因なりがあるのだろう。まだまだ知らない事が多い。
あんまり歴史に詳しくないので、自分なりの解釈でしか書かないが、それでもこの中から少しでも日本という国の事、この国の未来の事、そして今を生きる人間として感じ取ってもらえたらそれほどうれしいことはない。
僕はこの国が好きなのだ。
終戦記念日、敗戦記念日、まあどっちでもいいが、感じ取るニュアンスはちょっと違うかな。せっかくなので、ふざけた日記ばかり書いている僕ですが、たまにはこういうのもいいかと思って、書いてみます。
65年前の8月15日。この数日前、長崎に原爆が落とされた9日の夜中に、この国の偉いさんが集まって20年5月ぐらいから連日行っていた会議に決着が着いて、長く苦しい戦争が終結することになる。
戦争が終わるまでの数ヶ月に、日本はズタボロになった戦争を終わらせるために、うごいてきた。確かに調べていけば調べるほどに、いろいろとあったのだけれど、個人的にこの出来事が大きかったかもなっていうのがいくつかある。
●沖縄本土決戦
沖縄本土での決戦は、日本軍がかなり優勢だった。とはいえ、これで戦争を勝つつもりだったのではなく、この決戦で敵に一矢報いることができたら、割りとマシな条件で戦争を終結させることができるという希望があった。
戦争は完全に負けたら多分、本当に言いなりになるしかなかったかもしれない。だけど、日本の底力を見せつける場所として沖縄があったのだとしたら、それは将来の日本のタメになることであり、僕は税金未払いの多い、失業者の多い沖縄に感謝すべきなのかもしれない。
●不可侵条約を結んでいたソ連が8月になってから攻めて来た
ソ連は戦争に参加していなかったが、5月にベルリンを陥落、満州に攻めて来る動きを見せていた。
日本は、条約を破ってまで攻めて来たソ連に対し、満州の北半分だけ与えるつもりだったが、欲深きソ連は樺太やら千島列島やらも奪い取るつもりで攻めて来た。
この後、現在まで続いている北方四島を返還の問題について、「戦争によって得られた占領地はことごとく返還せねばならない」ことと「戦争終結後にソ連が占領したこと」が事態をややこしくさせている。個人的には半分だけ返してっていう理屈はありえない話であって、戦争の流れで侵略してきたんだから4島まるごとこっちに返しやがれ、って思っている。
●涙の昭和天皇
自決しても日本のため、この国の未来のためになるのならと覚悟を決めていた人々が居たが、昭和天皇は武器すらない現状を知ってしまい、涙を流しながら、一人でも多くの国民が生きながらえて、この国の未来があるのなら、私の身はどうなってもかまわないと会議の席で涙ながらに訴えた事。
真偽は判らないが、昭和天皇が聞かされていなかった日本の窮状を知ったおかげで終戦の日が早まったのじゃないかと思っている。
もっともっと直接的な原因なり、間接的な要因なりがあるのだろう。まだまだ知らない事が多い。
あんまり歴史に詳しくないので、自分なりの解釈でしか書かないが、それでもこの中から少しでも日本という国の事、この国の未来の事、そして今を生きる人間として感じ取ってもらえたらそれほどうれしいことはない。
僕はこの国が好きなのだ。
