仕事の打ち合わせで京阪電車に乗って寝屋川なるところまで出かけてきた。寝屋川ってのは大阪のベッドタウンのような場所である。とはいえ、大阪に来た事がない方にはわからないかもしれないが、大阪ってのは東京と違ってどこにいってもベッドタウンのような下町が多い。とびきり高い建物があちこちにあるでもないので、そこらへんが個人的には好きなのだが、おかげで東京へのうらやましさやら負けたくない気持ちやらが生まれて東京=嫌いみたいなイメージが根付いて行く。
京阪電車といえば、イメージキャラクターのおけいはんって女性がいるのだが、つい先日祇園祭のポスターで青海波(せいがいは)の帯を逆に締めているのが問題になっていた。
あまり帯の知識は無いが、帯を巻き付けるだの、帯を結ぶだの、呼び方があやふやになっていたりするし、青海波だって「せいかいは」と書かれていたり、それも正しいなんて言ったりある意味ゆるゆるである。
昔、つき合っていた彼女のオヤジさんが着物の有名なデザイナーだったので、彼女からそういう言い回しとか帯の結び方とか教えてもらったような気もするが、普段の生活でなじみが無い分、速攻でわすれてしまった。おかげでもらった浴衣もクローゼットの片隅で天井を眺めている。
浪人結びとかいうのが気に入ってたのだが、すっかり忘れてしまっている。
で、青海波の模様を逆にしてしまったことをスタイリストが間違いじゃないとか、それもありだと言われたとか、崩して着るのが流行だからといって押し通そうとしている。
崩すのは流行かもしれないが、崩すには青海波の柄ってのはそれにふさわしくない。どこをどうみても違和感がある。
ほんとはどっちでもいいことなのかもしれない。着たいように着たらいいし、崩したいように崩したらいい。それがデザインであり、センスであり、未来であるのならそうしたらいいと思う。でもそれは伝統があってのものであり、伝統を踏襲しつつも崩すという美学があると思っている。
ウェブの世界においても、伝統柄を使ったり、イメージを大事にするような場合が多々あるのだが、あるルールは守ってなければ単なる間違いになってしまう。それを崩す方法も、手段もあるけれど、それでもルールを守りつつ破っていくことがすばらしいと思う。
京阪電車といえば、イメージキャラクターのおけいはんって女性がいるのだが、つい先日祇園祭のポスターで青海波(せいがいは)の帯を逆に締めているのが問題になっていた。
あまり帯の知識は無いが、帯を巻き付けるだの、帯を結ぶだの、呼び方があやふやになっていたりするし、青海波だって「せいかいは」と書かれていたり、それも正しいなんて言ったりある意味ゆるゆるである。
昔、つき合っていた彼女のオヤジさんが着物の有名なデザイナーだったので、彼女からそういう言い回しとか帯の結び方とか教えてもらったような気もするが、普段の生活でなじみが無い分、速攻でわすれてしまった。おかげでもらった浴衣もクローゼットの片隅で天井を眺めている。
浪人結びとかいうのが気に入ってたのだが、すっかり忘れてしまっている。
で、青海波の模様を逆にしてしまったことをスタイリストが間違いじゃないとか、それもありだと言われたとか、崩して着るのが流行だからといって押し通そうとしている。
崩すのは流行かもしれないが、崩すには青海波の柄ってのはそれにふさわしくない。どこをどうみても違和感がある。
ほんとはどっちでもいいことなのかもしれない。着たいように着たらいいし、崩したいように崩したらいい。それがデザインであり、センスであり、未来であるのならそうしたらいいと思う。でもそれは伝統があってのものであり、伝統を踏襲しつつも崩すという美学があると思っている。
ウェブの世界においても、伝統柄を使ったり、イメージを大事にするような場合が多々あるのだが、あるルールは守ってなければ単なる間違いになってしまう。それを崩す方法も、手段もあるけれど、それでもルールを守りつつ破っていくことがすばらしいと思う。
